転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第4章ー20

 「ふぅー、久々のベッド、だっ!」

 

 なんとか宿を確保した俺は、部屋に入るなり迷うことなくベッドへと飛び込んだ。身体が吸い込まれるように沈み込み、ふかふかの掛け布団が全身を優しく包み込む。思わず頬を擦り寄せると、ほのかに香る洗いたての布の匂いが鼻腔をくすぐった。

 

 ……やばい。これは駄目なやつだ。

 

 ものの数秒で、この場所から二度と動きたくないという衝動に支配される。流石は都会の宿。教会で使っていた質素なベッドとは格が違う。これまで布団の良し悪しなど気にしたこともなかったが、そんな俺でもはっきりとわかるほどに品質が段違いだった。きっと相当高価なものを使っているのだろう。

 

 人を堕落させるベッドとは、まさにこういうものを言うに違いない。

 

 このまま眠ってしまっても、きっと誰も責めはしないはずだ――などと都合のいいことを考えていた、その時。

 

 コンコン、と控えめなノックの音が部屋に響いた。

 

 「サダメー、居るー?」

 

 扉越しに聞こえてきたのはミオの声だった。

 

 「ん、んー……?」

 

 すでに半分ほど意識が沈みかけていた俺は、かろうじて返事をする。正直、このまま眠りの底へ落ちてしまいたい気分なのだが。

 

 「入るよー……って、もう寝ようとしてたの? 部屋借りてまだ数分しか経ってなくない?」

 

 返事を聞いたからか、ミオは遠慮なく扉を開けて入ってきた。彼女の部屋は俺の隣で、つい二、三分前に別れたばかりだというのに、もうこちらへ来たらしい。荷物だってほとんどないのだから、もう少し自分の部屋でくつろいでもよかっただろうに。

 

 何か急ぎの用事だろうか。……いや、そんなことより眠い。

 

 「はあ。ご飯とお風呂、まだだったでしょう? さっき職員の人に聞いたんだけど、この宿は食事も浴場もないんだって。全部各自で済ませてくれってさ。一応、近くの浴場とレストランは教えてもらったから、早く行こ」

 

 「……えぇ?」

 

 どうやら用件は夕食と風呂のことらしい。そういえば教会で支給された携帯食料は、道中でとっくに食べきってしまった。この宿にフードサービスがないというのは予想外だ。こんなに上等なベッドがあるのに、飯が出ないとは何事だろう。

 

 風呂もないとなると、本当にここは“休むためだけの場所”なのだろう。おそらく受験者向けの仮宿といったところか。合理的と言えば合理的だが、少々不便ではある。

 

 だが今の俺にとって最大の問題は、そんなことではなかった。

 

 動きたくない。

 

 ベッドの魔力と旅の疲れが合わさり、強烈な眠気が全身を支配している。正直、ここから一歩たりとも出たくない。

 

 「んー……俺もう寝たいから、一人で行って来いよ。なんか美味しそうなもんあったら持ち帰りよろしくー」

 

 うつ伏せのまま手をひらひらさせてそう告げると、次の瞬間。

 

 「んなっ!?」

 

 信じられないものを見るような声が返ってきた。

 

 「何言ってんのよ! 都会なんて初めてなんだから、一人じゃ怖くて行けないよー! 変な人に絡まれるのも嫌だし、一緒に来てよー!!」

 

 ミオは半ば叫びながらベッドに近寄り、俺の肩をがくがくと揺さぶり始める。

 

 「んえぇ……?」

 

 視界がぐらぐらと揺れ、せっかく掴みかけていた眠りが遠ざかっていく。まいったな。本当に眠いのに、彼女のわがままは収まりそうにない。

 

 この感覚、どこかで覚えがあると思ったら――休日に子供から無理やり起こされる父親の気分だ。

 

 ……ああ、そうか。

 

 前世で、日曜日の朝っぱらから「遊びに連れてって!」とせがんでいたのは俺だったな。隣町のジャ〇コまで車を出させたことも一度や二度ではない。

 

 前世のお父さん、小さい頃に散々振り回して本当に申し訳ありませんでした。

 

 心の中でそっと頭を下げる。

 

 「ほら、早く起きて! ご飯なくなっちゃうかもしれないよ!」

 

 ぐいぐいと腕を引かれ、観念するしかないと悟った俺は、大きくため息をついた。

 

 結局――俺は彼女のわがままを聞き入れる羽目になったのだった。

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