「ちょ、止めてください!」
「はぁん? 俺たちは別に何もしてねぇだろ?」
「い、いや、そういう意味じゃなくて……」
「いいだろう? 私たちの相手ができるなど、むしろ光栄に思うべきだぞ?」
「だから、そういうの困ります……!」
店の外に出た自分の目に飛び込んできたのは、ミオが見知らぬ男たちに囲まれている光景だった。彼女は怯えながらも必死に言葉を返しているが、男たちはまるで聞く耳を持っていない。
恐らくナンパか何かだろう。だが、ただの軽い誘いとは空気が違う。逃げ場を塞ぐような立ち位置、粘つくような視線――昼間からこういう輩がいるとは、さすがは都会といったところか。これでは確かに、女の子が一人で歩くのは危険だ。
「あっ、サダメ!?」
「あん?」
こちらに気づいたミオが、縋るような声を上げる。その声に反応し、男たちの視線も一斉に自分へと向けられた。
無論、最初から助けるつもりではいた。だが問題は方法だ。ここで感情的に突っかかれば、余計にこじれる可能性が高い。穏便に済ませるのが一番だろう。
――連れを待たせていた、とでも言ってこの場を離れる。それが無難だ。
「すみません。この子、俺の連れなんです。失礼しま――」
作り笑いを浮かべながら歩み寄り、二人の間を通り抜けようとした、その瞬間だった。
「触るな!!」
「ッ!?」
次の瞬間、視界が激しく揺れた。
乾いた衝撃音と共に、男の裏拳が自分の顔面に叩き込まれる。避ける間もなかった。脳が揺さぶられ、足元の感覚が消え失せる。
気づけば、自分は無様に尻餅をついていた。
「サダメ!?」
ミオの悲鳴が遠くに聞こえる。何が起きたのか理解が追いつかない。ただ、頬の奥がじんじんと熱を帯び、遅れて鈍い痛みが広がっていく。
「庶民風情が……気安く私に触れるな」
見上げると、裏拳を放った男がこちらを見下ろしていた。小太りで背は低いが、身に纏う衣服は明らかに上質だ。刺繍の施された上着、無駄に装飾の多い指輪。どう見ても金のかかった格好をしている。
「あーあ、庶民の汚ぇ血で手が汚れちまったじゃねぇか。どう責任取ってくれんだ?」
隣に立つ、痩せ細った猫背の男が嘲笑混じりに言い放つ。二人とも、周囲の人間とは明らかに雰囲気が違った。
小太りの男はハンカチで自分の血を丁寧に拭いながら、まるで汚物でも見るかのような目を向けてくる。その視線には、露骨な嫌悪と侮蔑が宿っていた。
一方で、痩せた男は罵声を浴びせながらじりじりと距離を詰めてくる。逃げ場を与えない、威圧するための歩みだ。
……まずいな。どうやらミオは、相当厄介な連中に目を付けられてしまったらしい。
「いいか、ゴミ。私たち貴族の誘いを邪魔するなど、死罪に値する行為だ。女も同様だ。それを断ることは許さん」
「なっ!? そんな無茶苦茶な!」
あまりに理不尽な言葉に、ミオの声が震える。先ほどまでの怯えとは違う。怒りが混じっていた。
――貴族。
なるほど、道理で横柄なわけだ。だが、だからといって何をしても許されるわけではないだろう。
「教養のないゴミだから、今回は見逃してやる。わかったらさっさと失せろ。そして二度と私たちの前にその醜い顔を晒すな」
「ぶへへっ、よかったなぁゴミ。今すぐ消えろ。じゃなきゃ……俺が殺しちまうぞ?」
吐き捨てるような暴言。周囲の通行人たちも、ただならぬ空気を察してか距離を取っている。誰も止めに入ろうとはしない。
……貴族が相手では、関わりたくないのだろう。
「……サダメ……」
不安げな声が耳に届く。視線を向けると、ミオが今にも泣き出しそうな顔でこちらを見ていた。
無論自分は、その程度で引き下がるつもりはなかった。
ゆっくりと息を吐き、立ち上がる。膝がわずかに震えているのが分かったが、構わない。視線だけは逸らさず、男たちを真っ直ぐ見据える。
力で挑めば勝てる保証はない。むしろ不利だろう。相手は貴族だ。下手に事を荒立てれば、後々もっと厄介な問題に発展する可能性だってある。
ならばどうする。
ここで重要なのは、ただ殴り返すことじゃない。ミオを無事にこの場から連れ出すこと――それが最優先だ。
頭を回せ。感情に飲まれるな。
さて……どうする?