「さて、話の続きに戻ろうか」
「こいつの言う通りだ。お前に拒否権はねぇ。俺たちの遊び相手になってもらうぜ。一晩、たっぷりとな。ぶへへっ!」
「ちょっ……ふざけないで!」
貴族を名乗る男二人は、こちらとのやり取りを一方的に打ち切ると、再びミオへと歩み寄った。さっきまでとは明らかに違う。言葉だけでなく、今にも腕を掴んで連れ去ろうとする勢いだ。
それを悟ったのか、ミオの表情が怒りで強張る。このままでは、彼女が先に手を出しかねない。――正直、こいつらの行いは殴られても文句を言えないレベルだ。しかし、ここで暴力に訴えれば、相手が何をしでかすか分からない。最悪、こちらが訴えられる可能性だってある。
試験への影響も考えれば、なおさらだ。
……ここは、別のやり方で収めるしかない。
「あ、あのー……」
「「あ゛っ?!」」
ミオが連行される前に注意をこちらへ向けさせようと、再び作り笑顔を浮かべて声を掛ける。当然のように、二人の反応は最悪だった。自分の存在が、よほど癪に障るらしい。
「なんだお前? さっきの話、聞いてなかったのか? それとも教養がなさすぎて、人間の言葉も理解できねぇのか?」
「とっとと失せろ。マジで死罪にすっぞ?」
容赦のない罵声が飛んでくる。
だが――不思議なことに、そこまで怖くはなかった。言葉の端々から漂うのは、どこか中途半端な虚勢。中学のヤンキーを思わせる軽さがある。魔物と相対してきた身からすれば、威圧感など比べるまでもない。
「……できるなら、やってみろよ?」
「……はっ?」
作り笑顔を消し、真顔でそう返す。急な態度の変化に、二人は一瞬言葉を失った。
「いくら貴族様でもさ、一般人が肩に触れただけで死罪にできる権利なんて、あるわけないだろ?」
「なんだと、貴様ぁ!?」
痩せた方の男が顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げる。太った方も、もはや余裕の表情ではなかった。
確かに、自分はこの世界の政治体制に精通しているわけじゃない。だが、この国が貴族の独裁国家でないことくらいは、これまで生きてきてなんとなく分かる。私怨で生殺与奪を振るえるほど、権力が集中しているとは思えない。
そもそも――。
ここは昼間でも薄暗い、建物が密集した裏路地だ。人通りはほとんどない。そんな場所で「高貴な貴族様」が女を口説くのは、どう考えても不自然だ。
おそらくこいつらは、貴族という立場を盾にして、人気のない場所で女を捕まえる手口を使っているだけなのだろう。あまりにも小物臭くて、拍子抜けすらする。
「本当に死罪にできるって言うならさ」
そう言って、表通りの方を指差す。
「人通りのある場所で、さっきの台詞をもう一回言ってみろよ?」
「くっ……!?」
表通りにはそれなりに人がいる。そこで同じことを言えば、周囲がどう反応するかは一目瞭然だ。
二人の顔が、苦虫を噛み潰したように歪む。その反応で、確信した。
――やっぱり、ハッタリだ。
「どうした? 貴族様なら、人目なんて気にせず無礼者を死罪にできるんじゃないのか?」
「こ、こいつ……!」
一歩、また一歩と距離を詰める。二人の額から冷や汗が滲み出ているのが分かった。
……いける。
「ほら。やれよ?」
「ッ……クソ! 覚えてろよ! ゴミの分際で!!」
捨て台詞を吐き散らし、二人は逃げるようにその場を去っていった。
「……ふぅ。やっと追い払えた」
無事に背中が見えなくなったのを確認し、ようやく息を吐く。平和的解決とは言い難いが、目的は果たせた。逆恨みはされるだろうが……まあ、そう何度も会うことはないだろう。多分。
「大丈夫か、ミオ?」
振り返って声を掛ける。
次の瞬間――。
「サダメェッ!!」
「うおっ!?」
涙を流したミオが、勢いよく抱きついてきた。
「うぅ……怖かった……本当に怖かったよぉ……!」
その様子を見て、胸が締め付けられる。
そうだ。少し気が強くて、時々乱暴な一面があるとはいえ――彼女も年頃の女の子だ。男二人にあれだけ迫られれば、恐怖を感じないはずがない。
怖い思いをさせてしまった。その事実が、今になって重くのしかかってくる。
「……今日は、もう帰ろう」
「……うん……」
彼女の頭をそっと撫で、なるべく優しい声でそう告げると、ミオは目を擦りながら小さく頷いた。
その後、詫びも兼ねて彼女の手をしっかりと握り、離さないようにしながら帰路につく。途中で見つけた店で、彼女の好きそうなケーキを買って。
――転生勇者が死ぬまで、残り4113日。