「去年の定期任務のことだがね」
私は一度言葉を区切り、ゆっくりと教師陣を見渡した。
「アクシデントに次ぐアクシデントで、負傷者が多数出た。任務に不測の事態はつきものだ。だが、去年はあまりにも不運が重なりすぎた」
室内の空気が、僅かに張りつめる。
「推定値を大きく超える数の魔物の出現。突発的な自然災害の連続。さらには集団犯罪の件数増加……ここ数年、比較的平穏だったこの国に、立て続けに異変が起きている」
私はそこで一度言葉を切り、静かに続けた。
「私は、この状況を“何かの前兆”ではないかと考えている」
「ッ!?」
キリヤが眉を跳ね上げる。
「それってよ……近いうちに、とんでもねぇことが起きるって言いてーのか?」
「……あくまで私個人の予感に過ぎないがね」
私は即座に断りを入れた。
「だが、仮にだ。異変が今後さらに激化した場合、熟練の冒険者ですら対応に手を焼く事態になるだろう。そんな状況下で、生徒達は任務に就いていた」
誰も口を挟まない。
「不運が重なれば、命を落とす生徒が出てもおかしくはなかった。……実際、そうなってしまった」
沈黙が落ちる。
「……ならよ」
沈黙を破ったのはキリヤだった。
「なんで中止にしなかった? 生徒が死ぬかもしれねぇって分かってたなら、無理に行かせる必要なんてなかっただろ」
その問いは、責めるようでいて、どこか必死さを帯びていた。
「……正直に言おう」
私は視線を落とし、そして再び上げる。
「あの時は、そこまで考えが至らなかったというのもある。加えて、あくまで憶測に過ぎなかった。憶測だけで生徒達を学園内に閉じ込めておくのも、彼らの為にはならないと判断した」
言い訳にはなるまい。だが、事実だ。
「……その結果、生徒達に辛い思いをさせてしまった。その点については、今でも申し訳なく思っている」
「……」
キリヤは何も言わなかった。
「だからこそだ」
私は話を前に進める。
「今年の試験について、私は考えた。去年の二の舞にならないようにするには、どうすればいいのかをね」
「……それが、今回の“運ゲー”試験ってわけか?」
彼女は鼻で笑うように言い捨てた。
気持ちは分かる。実力主義を掲げる学園で、あまりにも異質な試験内容だ。
「私はね」
それでも、私は迷いなく言葉を紡ぐ。
「運とは、実力以上の才能だと思っている」
「……は?」
「どれだけ実力があろうとも、不慮の事故には抗えない。だが、運の良い人間は、奇跡的に助かる可能性がある」
私はカメラに映る受験者達へと目を向けた。
「今、学園に必要なのはそういう人材だ。異変の時代を生き延びられる、運に恵まれた者だと、私は思っている」
「……幸運なんてよ」
キリヤが低い声で言う。
「そう何度も続くもんじゃねぇだろ」
「確かにね」
私は小さく笑った。
「だが、幸運な人間が力を身に着けたらどうなると思う?」
「……」
「私は、とてつもない逸材になると思う」
静かだが、はっきりとした口調で告げる。
「力は、努力すれば磨ける。だが、運は磨くことが出来ない。磨けないものを最初から持っている人間ほど、恐ろしい存在はないと私は思う」
キリヤは腕を組み、しばらく黙り込んだ。
反論は、もう出てこなかった。
それが理解なのか、諦めなのかは分からない。ただ、議論はここで終わりを迎えた。
「まあ、結果は見てのお楽しみだね」
私は再び、試験の映像へと意識を戻す。
サダメ・レールステン。
彼がどれほどの“運”に恵まれているのか——それもまた、見どころの一つだった。
「もっとも……」
私は小さく呟く。
「運だけで合格できるほど、世の中は甘くないがね」
その直後、彼の映像に変化が走った。
どうやら脱出口付近で、何らかのアクシデントが発生しているらしい。
はたして彼は、この状況をどう打破するのか。
私は紅茶を置き、静かに画面を見つめ続けた。