「……どういうことだ?」
思わず喉から声が漏れた。
確かに、さっきまでそこにあった脱出口は一つだけだった。自分が今にも飛び込もうとしていたその扉は、まるで最初から存在しなかったかのように跡形もなく消え失せ、代わりに二つの扉が並んで鎮座している。
目を疑った。
今のは……ホログラム? それとも視覚に直接干渉する何かか? 一体、誰が、何のために。
『ぶへへっ、驚いただろう』
耳障りな笑い声とともに、やせ細った男が得意げに胸を張る。
『私の雄蜂は多機能かつ高性能な魔装だ。偵察や射撃だけでなく、実物と見間違うほど精巧な偽装工作も可能なのだよ!』
「……」
なるほど、と内心で舌打ちする。
奴らが最初から余裕綽々だった理由が、ようやく腑に落ちた。脱出口がすぐ近くに二つも存在するなど、普通は想像すらしない。周囲を見渡しても、ここに到達した形跡があるのは自分たち三人だけだ。
悔しいが、この一点に関しては、奴らの引きの強さを認めざるを得ない。
だが、それでも――釈然としない点が残る。
「……じゃあ、なんでお前らはさっさと脱出しない?」
自然と声に険がこもる。
「二人分あるなら合格確実だろ。なのに、どうしてわざわざ俺を殺そうとする? こんな小細工、必要ないはずだ」
『んん?』
太った男が、間の抜けた声を上げる。
「……」
そうだ。
脱出口が二つある以上、二人同時に脱出できる。試験の合格条件は満たされているはずだ。それにもかかわらず、奴らはここに留まり、銃撃までして自分を排除しようとしている。
単なる殺意だけで説明がつく行動ではない。
「ふん。この試験、最早受かったも同然だ。それは揺らぎようもない事実だがな」
「……だったら、なんで――」
問い返そうとした瞬間、太った男が遮るように言葉を続けた。
「それなら、後は愚かな庶民を甚振って遊んでも問題なかろう?」
「ッ……?!」
一瞬、意味を理解できなかった。
だが、次第にその言葉の内容が脳内で形を成し、背筋がぞっと冷える。
奴は、合格を確信した上で――他の受験者を嬲るために、ここに居座るつもりなのだ。
不敵な笑み。
勝者の余裕に裏打ちされた、歪んだ愉悦。
その表情は、醜悪という言葉以外で表現できなかった。
「脱出口は全部で三十。合格者も同じく三十人だ。となれば、他の連中が合格するには、最終的に必ずここを通ることになる」
男は楽しげに語る。
「その時、目の前にこの銃の弾幕を見せつけたらどうなる? 命を賭けて逃げ惑う姿……想像するだけで愉快だとは思わんか?」
「……相手を間違って殺したら、お前らは失格だぞ」
気づけば、自分は必死に説得を試みていた。
「辞めた方がいい。試験に合格しても、取り返しがつかなくなる」
本音を言えば、奴らが失格になるのは願ったり叶ったりだ。
だが、だからといって無関係な受験者が犠牲になるのを黙って見過ごす気にはなれない。
こいつらを野放しにするのは、あまりにも危険だ。
『ぶへへっ。さっきの私の話、聞いていなかったのか?』
やせ細った男が、含み笑いを浮かべる。
「……何の話だ?」
意味深な態度に、嫌な予感が胸をよぎる。
「はっはっは。やはりゴミには理解できていなかったか。いいだろう、特別に教えてやる」
「……」
「我が友、ロンド・ブリフェッサの雄蜂は、偽装工作にも長けていると言ったな?」
「……それが、どうした」
「そして、この試験会場には至る所に監視カメラが設置されている」
「違反者を見つけるために……当然だろ」
そこまで言われて、ようやく点と点が繋がった。
監視のためにカメラがあるなら、この場所を映している機器が存在してもおかしくない。
そして、もしドローンが脱出口だけでなく――他の機器にまで偽装を施せるとしたら。
「……まさか」
「ようやく理解したか?」
太った男が、勝ち誇ったように嗤う。
「例え他の受験者を殺してしまっても構わん。監視カメラの映像を――偽装してしまえばいいのだからな」
その言葉が、重く、冷たく胸に沈んだ。