不思議なことに、胸を焼くような怒りはすでに引いていた。代わりに、氷水を流し込まれたかのような冷静さが、思考の奥底からじわじわと広がっていく。
まるで自分が自分でないみたいだ。感情だけが切り離され、頭だけが異様な速度で回転している。
(考えろ)
この絶体絶命の状況を、どうやって打破する。
どうすれば、生き延びるだけでなく――あの二人に一泡吹かせることができる?
(必ずある。道は)
そう自分に言い聞かせながら、これまでのやり取りを一つ一つ反芻していく。奴らの言動、態度、妙な焦り、やたらと高圧的な振る舞い。そのすべてを繋ぎ合わせた瞬間だった。
「……ふっ、そういうことか」
思わず、喉の奥で小さく笑いが漏れた。
あまりにも単純で、拍子抜けするほどの答え。気づいた途端、笑い出してしまいそうになるのを必死で堪える。
(なるほどな……だから、あそこまで必死だったわけだ)
そのとき、会場全体に無機質なアナウンスが響き渡る。
『報告。只今、一名の脱出を確認。残り受験者は八名となりました。受験者の皆様、引き続き試験を頑張ってください』
時間は確実に進んでいる。奴らと無駄話をしている間にも、次々と合格者が出ているのだ。
ここまで来たら、どこか一つは必ず奪ってやる。たとえその結果、あの二人が後で仲違いしようと知ったことじゃない。
「……すー……」
肺いっぱいに空気を吸い込み、意識を一点に集中させる。
やるべきことは決まった。まずは、奴らの足元を崩す。
そして――一言、ぶちかましてやる。
「おまえら、ひょっとして……学園の試験、落ちたんだろー?!」
沈黙。
次の瞬間、外から息を呑む音が重なった。
「『ッ?!』」
大声で放ったその言葉は、確信に満ちていた。
奴らが魔法学園の試験を受けている理由。それはただ一つ――ソワレル学園の試験に落ちたからだ。
貴族学校であるソワレル学園は、初等部から高等部までの一貫校とはいえ、試験や適性検査が存在する。そこに届かなかった。
この国で、貴族が学園に通えないというのは、致命的な名誉の失墜を意味する。
だからこそ、魔法学園に縋った。
もしかしたら、ここから編入できる道があるのかもしれない――そんな淡い期待を抱いて。
すべては推測に過ぎない。確証などない。
だが――反応が、何よりの証拠だった。
『き、きさま……なぜそれを……』
「ロンド!? 貴様こそ何を言っている! それでは自分たちで認めたようなものではないか!?」
『し、しまった!?』
「……」
思わず無言になる。
どうやら図星だったらしい。それも、想像以上に深々と。
(こいつら……思ってた以上に、頭が弱いな)
見え見えの嘘。自ら掘った墓穴。
きっとこれまで、家の名と魔装の力だけで好き放題やってきたのだろう。だからこそ、試験に落ちた。納得しかない。
「くっっっそーーー! ゴミの分際で、二度も我々に恥をかかせるとは! 万死に値する!」
『そ、そうだ! パット! あんなゴミ、塵みたいに粉々にしてしまえー!』
怒号と共に、地響きのような足音が近づいてくる。
荒い呼吸音。殺気。もう交渉の余地はない――最初から、なかったのかもしれないが。
「……ふーっ」
迫りくる気配に神経を尖らせながら、静かに息を吐く。
左手を前に構え、意識を集中させる。
(これが……最後のチャンスだ)
撃たれる前に、必ず決める。
――『あの魔法』を。