『報告。只今、一名の脱出を確認。残り受験者は四名となりました。受験者の皆様、引き続き試験を頑張ってください』
無機質なアナウンスが洞窟内に反響する。
合格枠は、残り四。
(もうじき、ここにも他の受験者が集まってくるはずだ)
正直なところ、それは好都合だった。
自分としては、あの二人が立て直す前に誰かが来てくれた方が助かる。数が増えれば、流石にこれ以上無茶は出来ないだろう。
「爆ぜる焔よ、火《か》の球《きゅう》として聚合《しゅうごう》し、眼前に移りし――」
人を呼び寄せるついでに、落石で塞がれていた通路を開けておこう。
そう考え、火球の詠唱を唱え始めた。
今思えば、ここまで派手に魔法を使い続けてきたのだ。
銃声、爆音、衝撃。洞窟内に響かないはずがない。誰か一人くらい、異変に気づいて様子を見に来ても不思議ではなかった。
――その考えが、甘かったと気づくのは、次の瞬間だった。
「ッ?!」
試しに魔力感知を広げ、通路の向こうを探った刹那。
背筋を、氷水で撫でられたかのような感覚が走る。
……来ている。
確実に、何かがこちらに向かって来ている。
人影かもしれない、受験者の一人かもしれない。だが――放っている魔力が、明らかにおかしかった。
異質。
生理的な嫌悪感を伴うほど、歪で重たい魔力。
(……魔物? いや、それとも……)
言葉にしようとした思考は、途中で凍りついた。
あそこに向かって魔法を撃ってはいけない――そんな声なき警告が、本能から突き上げてくる。
撃てば、ただでは済まない。
理由は分からない。ただ、確信だけがあった。
蛇に睨まれた蛙。
まさにその状態だった。異様な魔力に当てられ、身体が鉛のように重くなり、呼吸すら浅くなる。
『報告。只今、一名の脱出を確認。残り受験者は三名となりました。受験者の皆様、引き続き試験を頑張ってください』
「……はっ?!」
唐突に流れたアナウンスが、硬直していた意識を引き戻した。
そうだ、何をやっている。自分はもう、ここまで来ている。
(これ以上、誰かと戦う必要なんてない)
脱出口は、すぐそこだ。
あとは出るだけ。それだけでいい。
「……くっ!!」
しばらく言うことを聞かなかった身体が、ようやく動き出す。
自分は脱出口へ向かって全力で走り出した。
そのとき、後ろを振り返ってはいけない、と再び本能が告げてくる。
理由は分からない。ただ従うべきだと、直感が叫んでいた。
脇目も振らず、ひたすら走る。
『報告。只今、一名の脱出を確認。残り受験者は二名となりました。受験者の皆様、引き続き試験を頑張ってください』
アナウンスの内容すら、もう頭に入ってこない。
ただ、足を止めてはいけない。それだけを考えていた。
脱出口の扉を押し開くと、少し先の地面に、青白く光る魔法陣が浮かび上がっていた。
どうやら、あれが脱出用の転移陣らしい。
「……」
中へ踏み込むと、背後で扉がゆっくりと閉まり始める。
その音を聞いた瞬間、張り詰めていた緊張が、ほんの少しだけ緩んだ。
……だからだろうか。
不意に、後ろを振り返ってしまった。
あの異質な魔力の正体は、何だったのか。
怖いもの見たさ――そんな好奇心が、頭をもたげた。
視線の先では、先ほどまで通路を塞いでいた落石が、いつの間にか破壊されていた。
舞い上がる砂埃の向こうに、薄っすらと人影のようなものが見える。
あれが……魔力の正体?
「……んっ」
目を凝らすが、砂埃のせいで輪郭は掴めない。
その上、扉は容赦なく閉まり、視界は徐々に狭まっていく。
『報告。只今、一名の脱出を確認。残り受験者は一名となりました。受験者の皆様、引き続き試験を頑張ってください』
結局、その存在が何者だったのか、最後まで分からなかった。
もやもやとした不安だけを胸に残したまま――自分は、魔法陣の光に包まれ、脱出を果たしたのだった。