これは、名門ソワレル学園の試験当日の朝のことである。
「いよいよ試験の日ですね、神父様」
「うむ。そうだな」
私はエリカ・ヘンリエッタ。クルーシア王国、リーヴ村にある小さな教会でシスターを務めている。
この教会に仕える人間は、フレッド・ローリエンス神父様と私の二人だけ。決して大きな教会ではないが、静かで、穏やかで、神の御心に満ちた場所だ――少なくとも、私はそう信じている。
私たちは現在、二人の孤児を預かり、四人で慎ましくも温かな生活を送っている。
その二人がここへ来たのは、今から十年ほど前のこと。
生まれ育った村を魔物に襲われ、すべてを失いかけたところを、通りがかった勇者様に救われたのだという。その後、縁あって隣村にあるこの教会で引き取ることになった。
当時の二人は、身体だけでなく心まで傷ついていた。
夜になると悪夢にうなされ、ちょっとした物音にも怯え、食事を取ることすらままならなかった日もある。そんな姿を見るたびに胸が締めつけられた。
それでも――時間は、優しく、そして確実に流れていった。
十年の歳月を経て、あの子達は心身ともに立派に成長した。
今では大人顔負けの判断力と行動力を持ち、頼もしさすら感じさせてくれる存在だ。
そして今日。
その二人は、名門ソワレル学園の入学試験を受けるため、朝早く教会を発っていった。
今この時間、私と神父様は、朝食を取りながら彼らの無事と合格を祈っている――はずだったのだが。
「……はあ」
思わず、ため息が零れてしまった。
「こらこら、シスター。教会の中でため息をつくなど、神の御心に背いてしまいますよ」
「あっ!? も、申し訳ございません……!」
神父様の穏やかな注意に、私は慌てて背筋を伸ばした。
しまった。神を信仰する聖域で、しかも修道女である私が、不安をそのまま吐き出してしまうなんて。
もし、このせいであの子達に何かあったら――
そう考えてしまい、さらに胸が苦しくなる。
これ以上ため息をつかないよう、私は慌てて口元を押さえた。
……けれど、このままだと一生、口を塞いでいなければならないのでは?
そんな馬鹿げたことを本気で悩んでいた、その時。
「シスター」
「ッ!? ふぁ、ふぁいっ?!」
思わず間の抜けた返事をしてしまい、私は内心で頭を抱えた。
神父様を見ると、どこか呆れたようで、しかし優しい眼差しを向けておられる。
……今の私、とんでもなく間抜けに見えているのでは?
顔が一気に熱くなる。
幸い、この場にいるのが神父様だけなのが救いだった。
「もう、あの子達も十六を迎える年頃だ」
神父様は、穏やかな口調で言葉を続ける。
「私達から見れば、いつまでも幼い子供に思えるかもしれない。しかし、世間から見れば大人の一歩手前だ。これからは、自分自身で考え、選び、行動していかなければならない」
私は黙って、その言葉に耳を傾けた。
「試験に受かろうが、落ちようが、それはあの子達自身の結果だ。そこには責任も伴う。だからこそ、私達が必要以上に気負う必要はないんだよ」
「……神父様……」
胸に、すっと何かが落ちてくる感覚がした。
きっと神父様は、私の不安も、ため息の理由も、すべてお見通しだったのだろう。
「私達にできることは、ただ信じて待つことだ。帰ってきたら、ご馳走を用意して迎えてあげよう」
「……はい。そうですね」
自然と、心が軽くなるのを感じた。
「さて、朝食も終わりましたし、礼拝に向かいましょう」
「はい!」
私と神父様は、首に下げた十字架にそっと手を添え、二人の無事を祈りながら礼拝堂へと向かった。
今日という日が、あの子達にとって新たな一歩となりますように――。