試験開始から、すでに数分が経過していた。
「むむむっ……」
拙者、マヒロ・トーエンは、今まさに危機に瀕していた。
本日《こんにち》、名門ソワレル魔法学園の入学試験を受けに来たのでござるが、その試験内容は――洞窟内に点在する三十個の脱出口のうち、いずれか一つから脱出せよ、というもの。
名門校と名高い学び舎ゆえ、強者との激闘や魔物との死闘を期待して参加したのだが……。
「まさか、殺生が禁止とは……。これでは拙者、何も出来ぬでござるー!」
今回の試験では、受験者同士の殺害が厳禁とされており、掟を破れば即失格とのこと。
拙者の武器は、腰に携えた一本の刀。この刀は少々特殊で、扱いを誤れば相手を殺めてしまいかねぬ代物である。
「うぅ……拙者、さっきから走ってばかりでござるよ……」
抜刀が実質的に封じられた以上、隙を見て脱出口へ向かおうにも、受験者の数が多く、簡単には切り抜けられない。様子をうかがっている間に、気づけば他の者に先を越されてしまう。
この試験、拙者にとってはある意味、非常に過酷なものとなっていた。
『報告。只今、一人の脱出を確認。残り受験者は八名となりました。引き続き、試験を頑張ってください』
「うぬぬぬ……! これはマズイでござる! このままでは落ちてしまうでござるー!?」
合格者が次々と現れる中、拙者はただ洞窟内を走り回っているだけ。刀は抜けぬ、脱出口にも辿り着けぬ。
遠方から遥々ここまで来て、刀を抜けぬまま終わるなど、武士の恥。
せめて一度でいい、誰かと刃を交えたい――たとえそれで落ちたとしても。
「おろ?」
そう思った矢先、前方から轟音とともに、凄まじい爆発音が響いてきた。
「戦っている者が居るのでござるか……?」
ならば、拙者も混ぜて頂きたい。
「急ぐでござる、拙者! この好機、逃すわけにはいかぬ!」
抑えきれぬ闘争心に突き動かされ、音のする方へ全力で駆け出す。爆発音は大きく、距離もそう遠くはないはず。
「おっ、そこに居るでござるな!?」
ほどなくして、目的地らしき場所に辿り着く。
だが、前方は岩崩れによって道が塞がれていた。
「ならば……」
拙者は足を止めず、刀を抜く構えに入る。
恐らく、この先に誰かが居る。戦闘が起きたということは、脱出口も近いはず。
「……抜刀」
刀を抜くと同時に、拙者の黒髪と黒い瞳は、緋色へと変化していく。
岩は斬るより、破壊する方が早い――ならば、この技が最適解。
「【赤鬼】!」
刀身に赤い妖気が纏い、全身に異様な力が漲る。
「はあああぁっ!!」
一振りで岩を叩き割る。
岩塊は一瞬で砕け散り、洞窟内に激しい砂埃が舞い上がった。
「よしっ!」
無事に突破――したはいいものの。
「むっ……」
砂埃が舞いすぎて、視界が極端に悪い。
やはり加減を誤ったか。もう少し修行しておくべきだったと、今になって後悔がよぎる。
「ぐぬぬぬ……どこに居るでござるか?」
後悔は後回し。拙者は前方へ走り出す。
姿も見ぬまま脱出されるなど、絶対に避けたい。
「……ん?」
砂埃を抜けた先、少し離れた場所に脱出口を発見。
扉はすでに閉まりかけていた。
「ああ、そんなー!?」
心が、折れかける。
これで合格者は二十九人。残る枠は、あと一つ。
それでも――扉が閉まる、その一瞬。
その者と、目が合った気がした。
緋色の髪。
拙者の赤鬼のそれより、なお鮮烈な赤。
性別までは分からぬが、鋭い目つきからして男児であろう。確認できたのは、それだけだった。
「……おろ?」
だが、その直後、隣に同じ形の扉があるのを発見する。
「脱出口でござるかー!?」
思わず声が出た。
まさか、残り一枠がすぐ近くにあるとは。
近くには、倒れ伏した二人の男児。高価そうな服は泥と血に汚れている。
恐らく、先程の赤髪の者と戦っていたのだろう。
「……すまぬな」
心苦しさを押し殺し、二人が起きる前に脱出口へと駆け出す。
走りながら、あの赤髪の人物のことを思い返す。
倒れていた者の一人は、物騒な銃器を所持していた。連射型の、凶悪な代物だったはず。
そんな相手を打ち倒したのだ。只者ではない。
道中、不自然な暗い洞窟や、魔力の残滓も見つけた。
ひょっとすると、あれも彼の仕業なのかもしれない。
「……それが真なら、とんでもない強者でござるな」
気づけば、拙者はその者に強い興味を抱いていた。
会ってみたい。
そして――手合わせしてみたい。
「……ふふっ。少々、楽しみが出来たでござるな」
そうして拙者は、なんとか試験を突破することに成功したのであった。