「年頃の男の子は、素直になれない時期もあるんだ。察してあげなさい」
「す、すいません……」
神父様の穏やかながらも芯のある言葉を受け、エリカさんはようやく自分の肩から手を離した。先ほどまでの勢いが嘘のように、申し訳なさそうに視線を落とし、肩をすくめている。
「サダメも、ごめんなさい。ちょっと押し付けがすぎたわね」
そう前置きした後、エリカさんは不安そうにこちらを見上げてきた。
「でもね……本当にサダメのことを愛してるの。だから……私のこと、嫌いにならないでね?」
その言葉は、冗談でも勢いでもなく、真剣そのものだった。
「う、うん。大丈夫だよ。気にしてないから」
そう答えると、エリカさんの表情は一瞬でぱっと明るくなる。
「ホント!? ああ、サダメ大好きー!!」
「……」
反省はどこへ行ったのか。
そう思う間もなく、再び強烈な抱擁が飛んできた。頬ずりされ、さらに頬に軽いキスまでされる始末。
ここまで感情を隠さないエリカさんを見るのは初めてだ。
もしかして何か憑いているのでは……と一瞬本気で疑ってしまった。重たい愛を持った霊とか、そういう類のものが。
「すまないな、サダメ」
「神父様……」
冗談はさておき、エリカさんの愛情を棒立ちで受け止めていると、今度は神父様がこちらに声を掛けてきた。
正直なところ、謝罪よりもこの状況を止めてほしい気持ちの方が強かったが。
「シスターはな、お前たちが試験に行っている間、ずっと無事を祈っていたんだぞ」
「……」
「それだけじゃない。ここ数日のご馳走も、シスターが自分の財産を切り崩して用意してくれたものだ」
「えっ……?」
思わず声が漏れた。
確かに、最近の食事は明らかに豪華だった。いつもはスープとパンが中心だったのに、肉料理が頻繁に並ぶようになっていた。
そう言われて思い返すと、エリカさんの様子がどこかおかしかった気がする。やたら三人で一緒に寝たがったり、風呂に誘ってきたり。風呂に関しては思春期真っ盛りの身として流石に断ったが、ミオも同じく嫌がっていた。
――あれは、別れが近いことを分かっていたからなのか。
「シスターはお前たちのことを、人一倍愛している」
神父様は続ける。
「そして、かく言う私もだ。お前たちを我が子のように愛している」
「……」
「いいかい、サダメ。どんなことがあろうとも、私たちのその気持ちは変わらない。いつ、どこにいようとも、お前たちのことを思い続けている。それだけは、忘れないでおくれ」
「……はい!」
神父様は優しい笑みを浮かべながら、自分の頭にぽん、と手を置いた。
大きくて、温かくて、頼もしい手。そのぬくもりに触れると、不思議と胸の奥が落ち着いていく。
この人に頭を撫でられると、心まで守られているような気がする。
まるで魔法の手だ。
神父様の言葉には、聖職者としての建前ではない、嘘偽りのない本音があった。それが、真っ直ぐに心へと届く。
「そろそろ迎えの時間のようだな」
その言葉とほぼ同時に、村の入口の方から馬車の音が聞こえてきた。
間違いない。学園行きの馬車だ。
「サダメ、ミオ。行ってらっしゃい」
「「行ってきます!」」
最後の挨拶を交わし、自分とミオはリーヴ村を後にした。
――この場所は、間違いなく帰る場所だ。
そう心に刻みながら。