あれから三日が経過した。
あの後、馬車の中ではほとんど会話らしい会話もなかった。自分から話しかける勇気も出ず、リーフさんもまた、必要以上に声を掛けてくることはなかった。気を遣ってくれていたのだろう。
重苦しい沈黙のまま、馬車は進み――気づけば学園へ到着していた。
「足元にお気をつけください」
「ありがとうございます」
御者に丁寧に手を取られ、地面へと降り立つ。石畳の感触が靴越しに伝わる。ここが、これから自分が通う場所。
巨大な門、広大な敷地、威厳ある校舎。
胸が高鳴る一方で、別の感情が渦巻いていた。
――謝るべきだ。
あの時、自分は感情的になりすぎた。リーフさんはただ理論を語っただけだ。それなのに、自分は怒りをぶつけてしまった。
だが、どう切り出せばいい?
そんなことを考えていると――。
「サダメ君」
「ッ?! リーフさん!」
振り返ると、馬車から降りたリーフさんがこちらへ歩いてきていた。
ちょうどいい。今しかない。
そう思う一方で、彼の表情がどこか思索的であることに気づく。
「君の発言を聞いてから、私も少し考えていてね」
「考えてた……? 何を、ですか?」
「君の“運”についてさ。私から見れば、君は幸運に恵まれているように思えた。だが君自身は、不運の連続だと感じている。――その認識は、きっと間違っていない」
穏やかな声だった。
否定ではなく、受け止める声音。
どうやら、本気で自分の言葉を考えてくれていたらしい。胸の奥がちくりと痛む。
わざわざ、こんな訂正をさせてしまうなんて。
「けれど、これだけは言っておきたくてね」
「……はい?」
リーフさんは、ほんのわずかに視線を空へ向けた。
「君は不思議な運命に導かれている。そう感じている。これから先、幾つもの困難が君の前に立ちはだかるだろう」
「……?」
抽象的な言い回しに、思わず首を傾げる。
だが、その目は冗談ではなかった。
「もし、その壁に押し潰されそうになった時は――他者を頼りなさい。自分一人で背負おうとしなくていい。今の言葉、どうか忘れないでほしい」
その一言だけが、妙に胸に残った。
辛くなったら、人を頼れ。
それは、あの馬車の中で自分が見せた姿への忠告なのかもしれない。
「……わかりました」
今度は、きちんと頷くことができた。
「それでは、君達も準備があるだろう。私はこれで失礼するよ」
リーフさんが踵を返す。
――今だ。
「ま、待ってください!」
思わず声を張り上げる。
リーフさんが振り返る。
「ん?」
逃せば、きっと後悔する。
深く息を吸い込み、頭を下げた。
「その……あの時、感情的になってしまってすみませんでした。それと、ここまで送ってくださって、本当にありがとうございました」
言葉にすると、胸のつかえが少し軽くなる。
しばしの沈黙。
やがて――。
「……ふふっ。気にしていないよ」
優しい笑みが向けられた。
「若者が本気でぶつかってくれるのは、むしろ嬉しいものだ。学園生活、思う存分楽しんでくれ」
「……はい!」
今度は、胸を張って答えられた。
リーフさんは軽く手を振り、馬車へと戻っていく。白い魔導馬が嘶き、やがてゆっくりと門を離れていった。
その背を、しばらく見送る。
わだかまりは、もうない。
石畳の上に立ち、改めて校舎を見上げる。
ここから始まるのだ。
自分の、新しい日常が。
期待と不安が入り混じる中、一歩を踏み出す。
そうして――
サダメ・レールステンの学園生活が、幕を開けた。
――転生勇者が死ぬまで、残り4102日。