転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

145 / 234
第5章ー8

 あれから三日が経過した。

 

 あの後、馬車の中ではほとんど会話らしい会話もなかった。自分から話しかける勇気も出ず、リーフさんもまた、必要以上に声を掛けてくることはなかった。気を遣ってくれていたのだろう。

 

 重苦しい沈黙のまま、馬車は進み――気づけば学園へ到着していた。

 

 「足元にお気をつけください」

 

 「ありがとうございます」

 

 御者に丁寧に手を取られ、地面へと降り立つ。石畳の感触が靴越しに伝わる。ここが、これから自分が通う場所。

 

 巨大な門、広大な敷地、威厳ある校舎。

 

 胸が高鳴る一方で、別の感情が渦巻いていた。

 

 ――謝るべきだ。

 

 あの時、自分は感情的になりすぎた。リーフさんはただ理論を語っただけだ。それなのに、自分は怒りをぶつけてしまった。

 

 だが、どう切り出せばいい?

 

 そんなことを考えていると――。

 

 「サダメ君」

 

 「ッ?! リーフさん!」

 

 振り返ると、馬車から降りたリーフさんがこちらへ歩いてきていた。

 

 ちょうどいい。今しかない。

 

 そう思う一方で、彼の表情がどこか思索的であることに気づく。

 

 「君の発言を聞いてから、私も少し考えていてね」

 

 「考えてた……? 何を、ですか?」

 

 「君の“運”についてさ。私から見れば、君は幸運に恵まれているように思えた。だが君自身は、不運の連続だと感じている。――その認識は、きっと間違っていない」

 

 穏やかな声だった。

 

 否定ではなく、受け止める声音。

 

 どうやら、本気で自分の言葉を考えてくれていたらしい。胸の奥がちくりと痛む。

 

 わざわざ、こんな訂正をさせてしまうなんて。

 

 「けれど、これだけは言っておきたくてね」

 

 「……はい?」

 

 リーフさんは、ほんのわずかに視線を空へ向けた。

 

 「君は不思議な運命に導かれている。そう感じている。これから先、幾つもの困難が君の前に立ちはだかるだろう」

 

 「……?」

 

 抽象的な言い回しに、思わず首を傾げる。

 

 だが、その目は冗談ではなかった。

 

 「もし、その壁に押し潰されそうになった時は――他者を頼りなさい。自分一人で背負おうとしなくていい。今の言葉、どうか忘れないでほしい」

 

 その一言だけが、妙に胸に残った。

 

 辛くなったら、人を頼れ。

 

 それは、あの馬車の中で自分が見せた姿への忠告なのかもしれない。

 

 「……わかりました」

 

 今度は、きちんと頷くことができた。

 

 「それでは、君達も準備があるだろう。私はこれで失礼するよ」

 

 リーフさんが踵を返す。

 

 ――今だ。

 

 「ま、待ってください!」

 

 思わず声を張り上げる。

 

 リーフさんが振り返る。

 

 「ん?」

 

 逃せば、きっと後悔する。

 

 深く息を吸い込み、頭を下げた。

 

 「その……あの時、感情的になってしまってすみませんでした。それと、ここまで送ってくださって、本当にありがとうございました」

 

 言葉にすると、胸のつかえが少し軽くなる。

 

 しばしの沈黙。

 

 やがて――。

 

 「……ふふっ。気にしていないよ」

 

 優しい笑みが向けられた。

 

 「若者が本気でぶつかってくれるのは、むしろ嬉しいものだ。学園生活、思う存分楽しんでくれ」

 

 「……はい!」

 

 今度は、胸を張って答えられた。

 

 リーフさんは軽く手を振り、馬車へと戻っていく。白い魔導馬が嘶き、やがてゆっくりと門を離れていった。

 

 その背を、しばらく見送る。

 

 わだかまりは、もうない。

 

 石畳の上に立ち、改めて校舎を見上げる。

 

 ここから始まるのだ。

 

 自分の、新しい日常が。

 

 期待と不安が入り混じる中、一歩を踏み出す。

 

 そうして――

 

 サダメ・レールステンの学園生活が、幕を開けた。

 

 

 

 ――転生勇者が死ぬまで、残り4102日。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。