「んっ……んん……」
翌日、早朝。
薄く差し込む朝日がまぶた越しに感じられ、ふと目を覚ました。まだ眠気は残っている。ぼんやりとした意識のまま、目を擦りながらゆっくりと上半身を起こした。
「……っふあぁ……ああぁ……」
大きく欠伸をし、そのまま両腕を上へ伸ばす。背中の筋が心地よく引き伸ばされ、こわばっていた身体がじんわりと目覚めていく。
――柔らかい。
体を包むベッドは、前世でもそうそう味わったことのない上質さだった。ふかふかというより、身体を自然に沈めてくれる絶妙な弾力。これなら二度寝も余裕でかませるだろう。
だが、首を横に振る。
新生活初日からだらしないのは良くない。社会人経験のある身として、それだけは譲れない矜持だ。たとえ転生していようとも、朝きちんと起きる習慣は失いたくない。
昨日から、自分はソワレル学園の寮で生活することになった。
だが、その“寮”という言葉から想像していたものとは、あまりにもかけ離れていた。
まず広さが違う。試験の際に仮宿として使った宿舎の倍近い面積がある。いや、倍どころではないかもしれない。海外の高級リゾートホテルと言われても信じてしまいそうな規模だ。
……もっとも、実際にリゾートホテルに泊まった経験はないのだが。
廊下は広く、天井も高い。ロビーはまるで高級ホテルのエントランスのように開放的で、床には艶やかな石材が敷き詰められている。さらに、銭湯並みの大浴場、市民プール級の屋内プールまで完備。
学生寮とは、一体。
前世でも、こんな贅沢な環境で暮らしたことはない。それをこれから三年間も使えるのだと思うと、至高に等しい待遇だとすら感じる。
……学生の身で、ここまでしてもらっていいのだろうか。
この快適さに慣れてしまったら、将来まともな生活に戻れなくなるのではないか。恐ろしいな、貴族学校というものは。
しかも、寮は男子棟と女子棟で完全に分かれているらしい。
どれだけの敷地を所有しているのか想像もつかない。本当に、金持ちの考えることは理解の範疇を超えている。
「……とはいえ、この広さで一人ってのもな……」
ぽつりと呟く。
現在、在校生のほとんどは春休み中で帰省しているらしい。戻ってくるのは入学式前日、もしくは当日が多いとのこと。
つまり――今この男子寮には、自分しかいない。
軽く身支度を整え、部屋を出る。
廊下は静まり返り、足音だけがやけに響く。十階建ての寮の五階、自分の部屋はその一角にある完全な一人部屋だった。
実質ホテルだろ、これ。
エレベーターも完備されているし、共有スペースも充実している。だが、どこへ行っても人気はない。
豪華さと静寂が同居しているこの空間は、少しだけ胸をざわつかせる。
試験の時に感じた、あの孤独。
広い空間に自分一人という状況は、どうにも落ち着かない。
「暇だし……ちょっと外に出るか」
気分転換も兼ねて、外へ出ることにした。
どうせなら、学園の敷地を改めて見て回るのも悪くない。
寮の扉を押し開けると、冷たい朝の空気が頬を撫でた。
広大なキャンパスの向こうに、朝日を受けて輝く校舎が見える。
――ここが、自分の新しい舞台。
静かな朝の中、サダメはゆっくりと歩き出した。