転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

147 / 232
第5章ー10

 「はえー……どこもかしこも広いなー」

 

 寮を出て少し歩いただけだというのに、視界に入る建物はどれも規格外だった。

 

 思わず首を上げる。

 いや、上げるというより、見上げる。

 

 高い。とにかく高い。

 

 石造りの塔のような校舎がいくつも立ち並び、その高さはもはや高層ビルと言って差し支えないレベルだ。それが一棟や二棟ではない。あっちにも、こっちにも、当たり前のように建っている。

 

 視線が落ち着かない。上を見たり、左右を見回したり、忙しなく辺りを観察してしまう。

 

 ……傍から見れば完全に田舎者だろう。

 

 まあ、事実その通りなのだが。

 

 この学園は、良い意味で異常だ。

 

 もはや“学校”というより一つの都市だ。これだけの建造物を当然のように維持・管理しているのだから、規模も資金も常識外れである。

 

 「これだけあると、しばらくは迷子になりそうだな……」

 

 歩きながら呟く。

 

 似たような外観の建物も多い。塔、講堂、研究棟らしきもの、用途不明の巨大施設。案内板が丁寧に設置されているのが唯一の救いだ。

 

 ……学園に案内板って。

 

 大学かここは?

 

 思わず苦笑する。

 

 しばらく歩き続けていると、じわじわと首に違和感が出始めた。

 

 「うぅ……なんか首痛くなってきた……」

 

 無意識に上を見続けていたせいだろう。高い建物が視界に入ると、反射的に見上げてしまう。もはや癖になっている気がする。

 

 左手で首筋を押さえながら考える。

 

 「一度戻るか……? いや、まだ朝方だしな」

 

 日は出たばかり。空気は澄んでいる。

 

 寮の食堂は時間制で、まだ利用できない。部屋に戻っても特にすることはない。

 

 それに――。

 

 上を見上げただけでへばるなど、学園の生徒としてどうなのか。

 

 ……いや、別にそんな基準はないのだが。

 

 リーフさんの言葉がふと頭をよぎる。

 

 “困難な壁が立ちはだかった時は他者を頼れ”。

 

 ……いや、これは首の話ではないな。

 

 そんなことを考えていると、不意に視界の端に違和感が映った。

 

 「ん? あれは……」

 

 少し脇へ逸れた場所に、木々が生い茂る細い道がある。

 

 森の入り口のように、緑が重なり合い、その先はほとんど見えない。

 

 学園の中心部とは明らかに空気が違う。

 

 「……まあ、ずっと見上げてるよりはマシか」

 

 小休憩も兼ねて、そちらへ足を向けた。

 

 舗装された道から外れると、足元は土の感触に変わる。林道は思いのほか長く、整備もあまりされていないようだ。

 

 落ち葉が積もり、枝が所々に転がっている。

 

 普段、あまり人が通らないのだろう。

 

 貴族の子息令嬢が好んで歩く道には思えない。自分のような物好きでもなければ、わざわざ入らないはずだ。

 

 「まさかこんな所に道があるなんてな……」

 

 さらに進むと、微かな音が耳に届いた。

 

 さらさら、と。

 

 「……水の音?」

 

 立ち止まり、耳を澄ます。

 

 湧き水にしては音が大きい。流れがある。

 

 どうやら小川らしい。

 

 あれだけ巨大な建造物群のすぐ近くに、こんな自然が残っているとは思わなかった。

 

 木陰のせいか、空気も少しひんやりとしている。さっきまでの首の違和感も、いつの間にか薄れていた。

 

 林道を抜けると、視界がぱっと開ける。

 

 「へー……なんか、風情を感じるな」

 

 そこには小川が流れていた。

 

 川幅はそれほど広くないが、思ったより水深はありそうだ。澄んだ水が陽光を反射してきらきらと揺れている。

 

 整備されていない道とは裏腹に、水は驚くほど綺麗だった。

 

 自然と息を吐く。

 

 ――いい場所だ。

 

 そう思った、その時。

 

 「……おろ?」

 

 間の抜けた声が、川の向こう側から聞こえた。

 

 どこかとぼけた響き。

 

 ついこの間、耳にした覚えがある。

 

 「……おまえ……」

 

 恐る恐る声の方向へ視線を向ける。

 

 そして――時間が止まった。

 

 川辺に立っていたのは、白く艶やかな肌を惜しげもなく晒した少女。

 

 朝日に照らされ、水面の反射がその身体を淡く彩る。

 

 マヒロ・トーエンが、そこにいた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。