「おまえ……マヒロ、か?」
「……おお、其方は……」
驚きのあまり、思わず声をかけてしまった。
自分の声に気づいたマヒロが、ぱっと後ろを振り返る。次の瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。
「サダメではないでござるかー!!」
「っ!? ちょ、ちょっと待っ——」
こちらだと分かるなり、川から勢いよく上がって駆け寄ってくる。
しかし今、彼女は完全にすっぽんぽん。濡れた髪から滴る水滴も、陽光にきらめく白い肌も、そして見てはいけない部分まで、すべてが丸見えだ。
「待て待て待て待てっ!?」
「おろ?」
そんなことなどまるで意に介さず、両手を広げて抱きつこうとしてくる。
流石にこれはまずい。慌てて後方へ跳び退く——いわゆる脱兎跳躍である。
まさかこんな場面でこの技を使う羽目になるとは、人生何が起こるか分からない。
「まず服を着てくれ。話はその後だ」
「? サダメも一緒に水浴びせぬのでござるか?」
「しない! 絶対にしないから!」
「そうなのでござるか……。サダメもきっと気持ちいいと思うでござるのに」
「……いや、別にいい。他に人が来る前に、早く着てくれ」
「ぬぅ……」
なんとか説得を重ね、ようやくマヒロは渋々頷いた。
テンションが下がった途端、しょんぼりと肩を落とすその姿が、どこか大型犬に似ている。濡れた前髪がぺたりと額に張り付いて、余計に哀愁を漂わせていた。
「ぶー。せっかくサダメと裸の付き合いができると思ったのにぃ……」
「……はぁ」
またしても危険なフレーズをさらっと口にする彼女。
素で言っているのか、わざとからかっているのか、いまだに判断がつかない。
どちらにせよ、この子の将来が心配でならない。おじさん(中身)は深いため息をついた。マヒロは鼻歌まじりに着替えを始める。
遠慮なくこちらに尻を向けてくるその仕草に、思わず目を逸らした。
——本当に素なんだな、この子は。幸い、周囲に人気はない。
こんな無人と思しき河原で、もし他の生徒や村人にでも見られていたら……下手をすれば性的な被害に繋がりかねなかった。大人として(見た目はともかく中身は)、あとでしっかり注意しておかねばなるまい。
「……なあ、マヒロ」
「ん?」
視界の端に、どうしても引っかかるものがあった。
どうしても気になって、口に出してみる。
「おまえのその傷って……」
艶やかで透けるような美白の肌。
その全身に、無数の傷跡が刻まれていた。細いもの、太いもの、浅いもの、深そうなもの。
まるで古い戦場を歩いてきた戦士のような、無秩序に散らばった白い線。
背中、肩、腕、太もも……服で隠れる部分にまで及んでいるのが、ちらりと見えただけで分かった。幼い頃からの武術の鍛錬か、それとも何か別の理由か。
いずれにせよ、あの明るく無邪気な笑顔からは想像もつかない過去が、そこには静かに横たわっているようだった。マヒロはこちらの視線に気づいたのか、少しだけ動きを止めた。
しかしすぐにまた着替えを再開し、さらりと笑ってみせる。
「これ? 気にせんでいいでござるよ。昔っからの付き合いでござるから」
「……そうか」
言葉を濁されても、それ以上は聞けなかった。
ただ、胸の奥に小さな棘のようなものが刺さったような、そんな感覚だけが残った。彼女は最後に袴の紐をきゅっと結び、くるりとこちらを向く。
濡れた髪を軽く払い、いつもの調子で胸を張った。
「これでよかろう? サダメ」
「……ああ。よし」
ようやく安心して息をつくことができた。
でも、どこかで引っかかり続けるものがある。
あの傷跡と、彼女のあまりに無垢な笑顔。
そのギャップが、なぜか妙に心に残って離れなかった。