転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第5章ー11

 「おまえ……マヒロ、か?」

 

 「……おお、其方は……」

 

 驚きのあまり、思わず声をかけてしまった。

 自分の声に気づいたマヒロが、ぱっと後ろを振り返る。次の瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。

 

 「サダメではないでござるかー!!」

 

 「っ!? ちょ、ちょっと待っ——」

 

 こちらだと分かるなり、川から勢いよく上がって駆け寄ってくる。

 しかし今、彼女は完全にすっぽんぽん。濡れた髪から滴る水滴も、陽光にきらめく白い肌も、そして見てはいけない部分まで、すべてが丸見えだ。

 

 「待て待て待て待てっ!?」

 

 「おろ?」

 

 そんなことなどまるで意に介さず、両手を広げて抱きつこうとしてくる。

 流石にこれはまずい。慌てて後方へ跳び退く——いわゆる脱兎跳躍である。

 まさかこんな場面でこの技を使う羽目になるとは、人生何が起こるか分からない。

 

 「まず服を着てくれ。話はその後だ」

 

 「? サダメも一緒に水浴びせぬのでござるか?」

 

 「しない! 絶対にしないから!」

 

 「そうなのでござるか……。サダメもきっと気持ちいいと思うでござるのに」

 

 「……いや、別にいい。他に人が来る前に、早く着てくれ」

 

 「ぬぅ……」

 

 なんとか説得を重ね、ようやくマヒロは渋々頷いた。

 テンションが下がった途端、しょんぼりと肩を落とすその姿が、どこか大型犬に似ている。濡れた前髪がぺたりと額に張り付いて、余計に哀愁を漂わせていた。

 

 「ぶー。せっかくサダメと裸の付き合いができると思ったのにぃ……」

 

 「……はぁ」

 

 またしても危険なフレーズをさらっと口にする彼女。

 素で言っているのか、わざとからかっているのか、いまだに判断がつかない。

 どちらにせよ、この子の将来が心配でならない。おじさん(中身)は深いため息をついた。マヒロは鼻歌まじりに着替えを始める。

 

 遠慮なくこちらに尻を向けてくるその仕草に、思わず目を逸らした。

 ——本当に素なんだな、この子は。幸い、周囲に人気はない。

 こんな無人と思しき河原で、もし他の生徒や村人にでも見られていたら……下手をすれば性的な被害に繋がりかねなかった。大人として(見た目はともかく中身は)、あとでしっかり注意しておかねばなるまい。

 

 「……なあ、マヒロ」

 

 「ん?」

 

 視界の端に、どうしても引っかかるものがあった。

 どうしても気になって、口に出してみる。

 

 「おまえのその傷って……」

 

 艶やかで透けるような美白の肌。

 その全身に、無数の傷跡が刻まれていた。細いもの、太いもの、浅いもの、深そうなもの。

 まるで古い戦場を歩いてきた戦士のような、無秩序に散らばった白い線。

 背中、肩、腕、太もも……服で隠れる部分にまで及んでいるのが、ちらりと見えただけで分かった。幼い頃からの武術の鍛錬か、それとも何か別の理由か。

 いずれにせよ、あの明るく無邪気な笑顔からは想像もつかない過去が、そこには静かに横たわっているようだった。マヒロはこちらの視線に気づいたのか、少しだけ動きを止めた。

 しかしすぐにまた着替えを再開し、さらりと笑ってみせる。

 

 「これ? 気にせんでいいでござるよ。昔っからの付き合いでござるから」

 

 「……そうか」

 

 言葉を濁されても、それ以上は聞けなかった。

 ただ、胸の奥に小さな棘のようなものが刺さったような、そんな感覚だけが残った。彼女は最後に袴の紐をきゅっと結び、くるりとこちらを向く。

 濡れた髪を軽く払い、いつもの調子で胸を張った。

 

 「これでよかろう? サダメ」

 

 「……ああ。よし」

 

 ようやく安心して息をつくことができた。

 でも、どこかで引っかかり続けるものがある。

 あの傷跡と、彼女のあまりに無垢な笑顔。

 そのギャップが、なぜか妙に心に残って離れなかった。

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