転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第5章ー12

 太腿には太い縄で強く縛られたかのような痕。

 背には焼け爛れたような跡。

 腹部には鋭利な刃物で刻まれたと思しき傷。

 

 どれも浅いものではない。消えかけたものもあるが、はっきりと残るものも多い。

 

 白く艶のある肌に刻まれた無数の痕跡は、どう見ても日常生活で出来るものではなかった。

 

 「……なあ、マヒロ。その傷って……」

 

 どうしても視界から外せず、思わず問いかける。

 

 「ああ、これでござるか?」

 

 彼女はあっけらかんと答え、腰の刀を軽く掲げた。

 

 「これは、この刀の所有者になるための“証”でござるよ」

 

 「証? どういう意味だ?」

 

 無邪気な声音とは裏腹に、その言葉の重さに眉をひそめる。

 

 彼女は嬉しそうに刀を鞘から少し抜き、刃を覗かせた。

 

 「この刀は、魔剣の一振り――【魔剣・魔妖《まやかし》】でござる」

 

 「魔剣……?!」

 

 その単語に、思わず声が裏返る。

 

 魔剣。

 

 物語の中だけの存在だと思われていた、伝説級の武具。

 この世界においては、特殊な魔導技術によって造られた、世界に五本とないとされる特別な剣の総称だ。

 

 生きた魔物を素材にしているという説。

 あるいは、魔物の魂を封じているという説。

 

 だがその製法は誰にも説明できず、存在自体が半ば伝承扱いされている代物。

 

 「魔妖には七体の魔物が封じられておるでござる。抜刀すれば、一時的にその力を借り受けることができる」

 

 「七体……?」

 

 あの試験のときに感じた、異様な魔力。

 

 あれは彼女自身のものではなく、この刀から発せられていたということか。

 

 そう考えれば、あの規格外の出力にも説明がつく。

 

 「強大な力ゆえ、この刀を扱えるのは契約儀式を乗り越えた者のみ。拙者の傷は、その儀式の際に刻まれたものでござる」

 

 さらりと告げられた言葉に、胸がざわつく。

 

 「……治癒魔法で消せないのか?」

 

 「消せぬ。仮に消せたとしても、封じられた魔物たちが許さぬであろうな。契約が破綻すれば、この刀は振るえぬ」

 

 淡々とした説明。

 

 だが、その裏にどれほどの苦痛があったのかは想像に難くない。

 

 つまり、この傷は契約完了の証。

 そして同時に、彼女が一生背負う覚悟の証でもある。

 

 軽く笑っているが、それは並大抵の決断ではない。

 

 「……そっか」

 

 それ以上、軽々しく何かを言うことはできなかった。

 

 彼女の選択だ。

 外野がとやかく言えるものではない。

 

 だが――。

 

 その小柄な背に刻まれた痕を見ると、どうしても胸の奥が重くなる。

 

 「おろろ?」

 

 空気を裂くような間の抜けた声。

 

 「拙者の褌がー!」

 

 次の瞬間、突風が吹き抜ける。

 

 「ッ?! ちょっ――」

 

 何かが視界を覆い、顔面に直撃。

 

 「……」

 

 静寂。

 

 ゆっくりとそれを引き剥がす。

 

 「おー、見事な顔面キャッチでござるー!」

 

 パチパチと拍手するマヒロ。

 

 ……何が見事だ。

 

 「馬鹿、何やって――」

 

 言いかけて、深くため息をつく。

 

 さっきまでの重い空気はどこへやら。

 

 本当に、この子は緊張感があるのかないのか分からない。

 

 だが、その明るさに救われている自分がいるのも事実だった。

 

 深い傷を背負いながら、それでも笑う。

 

 ――強いのは、きっと刀だけではない。

 

 「……ほんと、おまえは」

 

 呆れ半分、感心半分。

 

 将来が心配になるのも確かだが、同時に目が離せない存在でもある。

 

 

 

 ――転生勇者が死ぬまで、残り4101日。

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