太腿には太い縄で強く縛られたかのような痕。
背には焼け爛れたような跡。
腹部には鋭利な刃物で刻まれたと思しき傷。
どれも浅いものではない。消えかけたものもあるが、はっきりと残るものも多い。
白く艶のある肌に刻まれた無数の痕跡は、どう見ても日常生活で出来るものではなかった。
「……なあ、マヒロ。その傷って……」
どうしても視界から外せず、思わず問いかける。
「ああ、これでござるか?」
彼女はあっけらかんと答え、腰の刀を軽く掲げた。
「これは、この刀の所有者になるための“証”でござるよ」
「証? どういう意味だ?」
無邪気な声音とは裏腹に、その言葉の重さに眉をひそめる。
彼女は嬉しそうに刀を鞘から少し抜き、刃を覗かせた。
「この刀は、魔剣の一振り――【魔剣・魔妖《まやかし》】でござる」
「魔剣……?!」
その単語に、思わず声が裏返る。
魔剣。
物語の中だけの存在だと思われていた、伝説級の武具。
この世界においては、特殊な魔導技術によって造られた、世界に五本とないとされる特別な剣の総称だ。
生きた魔物を素材にしているという説。
あるいは、魔物の魂を封じているという説。
だがその製法は誰にも説明できず、存在自体が半ば伝承扱いされている代物。
「魔妖には七体の魔物が封じられておるでござる。抜刀すれば、一時的にその力を借り受けることができる」
「七体……?」
あの試験のときに感じた、異様な魔力。
あれは彼女自身のものではなく、この刀から発せられていたということか。
そう考えれば、あの規格外の出力にも説明がつく。
「強大な力ゆえ、この刀を扱えるのは契約儀式を乗り越えた者のみ。拙者の傷は、その儀式の際に刻まれたものでござる」
さらりと告げられた言葉に、胸がざわつく。
「……治癒魔法で消せないのか?」
「消せぬ。仮に消せたとしても、封じられた魔物たちが許さぬであろうな。契約が破綻すれば、この刀は振るえぬ」
淡々とした説明。
だが、その裏にどれほどの苦痛があったのかは想像に難くない。
つまり、この傷は契約完了の証。
そして同時に、彼女が一生背負う覚悟の証でもある。
軽く笑っているが、それは並大抵の決断ではない。
「……そっか」
それ以上、軽々しく何かを言うことはできなかった。
彼女の選択だ。
外野がとやかく言えるものではない。
だが――。
その小柄な背に刻まれた痕を見ると、どうしても胸の奥が重くなる。
「おろろ?」
空気を裂くような間の抜けた声。
「拙者の褌がー!」
次の瞬間、突風が吹き抜ける。
「ッ?! ちょっ――」
何かが視界を覆い、顔面に直撃。
「……」
静寂。
ゆっくりとそれを引き剥がす。
「おー、見事な顔面キャッチでござるー!」
パチパチと拍手するマヒロ。
……何が見事だ。
「馬鹿、何やって――」
言いかけて、深くため息をつく。
さっきまでの重い空気はどこへやら。
本当に、この子は緊張感があるのかないのか分からない。
だが、その明るさに救われている自分がいるのも事実だった。
深い傷を背負いながら、それでも笑う。
――強いのは、きっと刀だけではない。
「……ほんと、おまえは」
呆れ半分、感心半分。
将来が心配になるのも確かだが、同時に目が離せない存在でもある。
――転生勇者が死ぬまで、残り4101日。