あれから数時間後――ついに入学式が始まった。
自分とギリスケも、どうにかこうにか出席できている。
腹部はいまだにヒリヒリしているが。
……ミオの拳は本気で痛い。
怒ったときの彼女は魔物より凶暴だ。いや、冗談抜きで。
とはいえ、なぜ自分まで巻き添えを食らったのかは依然として謎である。理不尽だ。
それはさておき。
今回の入学式は、魔法学園の生徒および関係者のみで行われた。
貴族の子息令嬢向けの式典は前日に終えているらしい。
全校生徒はおよそ千人。だが、今日この場に集まっているのは上級生と教師陣を合わせても百人強程度だ。
広い講堂に対して、人数は決して多くはない。
それでも空気は張り詰め、独特の緊張感が漂っている。
その光景を見渡しながら、ふと父のことを思い出した。
父はこの学園の関係者と顔見知りだった。
しかも、どうやら貴族とも交流があったらしい。
――自分の知らないところで、あの人はどれほどの世界を見ていたのだろう。
ここに来て初めて、父の偉大さを実感することになるとは思わなかった。
『それでは最後に、ソワレル学園兼ソワレル魔法学園の理事を務めるリーフ・エンドレッドより、お言葉を頂きたいと思います』
司会の声が響く。
壇上に立ったのは理事長――リーフさん。
『えー、新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。本日は式に相応しい晴天に恵まれました。御天道様も、さぞ喜んでおられることでしょう』
くすり、と場内に小さな笑いが起きる。
いつもの調子だ。
軽い冗談を交えながら、しかし言葉は淀みなく続いていく。
……自分と話したときのことなど、特に気にしていないように見える。
だが、あのとき彼が口にした言葉は、今も頭の片隅に残っていた。
――君は不思議な運命に導かれている。
不思議な運命。
確かに自分の名前は《サダメ》。運命という意味だ。
そういえば昔、父から名前の由来を聞いたことがあった気がする。
だが、うまく思い出せない。
何か大切なことだったはずだ。
思い出せそうで、指の間から砂がこぼれるように逃げていく。
『最後に、新入生の諸君へ。これだけは覚えておいてほしい』
その声に、はっと我に返る。
講堂の空気が変わった。
先ほどまでの柔らかさが消え、真っ直ぐな視線がこちらへ向けられている。
『魔法学園の生徒である以上、危険な任務を任せることがあるかもしれない。無理難題を突きつけることもあるだろう』
ざわめきはない。
全員が言葉を待っている。
『だが、どうか最後まで諦めないでほしい。君たちの人生を“不運だった”という理由だけで終わらせたくはない』
――どくん。
胸が、強く脈打つ。
あのとき、自分が感情のままに吐き出した言葉。
“不運だった”という嘆き。
あの人は、ちゃんと受け止めてくれていたのだ。
目頭が、わずかに熱を帯びる。
『挫けそうになったら、隣にいる仲間を頼りなさい。すぐ側にいる上級生を頼りなさい。そして、ここにいる我々職員を頼りなさい』
その声音は力強く、しかし優しい。
『君たちが一人も欠けることなく、無事に卒業することを心から願っている』
静まり返った講堂に、言葉が深く落ちる。
『以上で、私からの祝辞を締めさせていただく。ご清聴、感謝する』
爽やかな笑顔と共に、リーフさんは一礼した。
次の瞬間、拍手が広がる。
これにて、入学式は終了した。
だが――。
不思議な運命。
その言葉だけが、胸の奥に残り続けていた。