入学式が終わると、新入生たちはぞろぞろと教室へ案内された。在校生はそのまま新学式へ移るらしく、廊下の空気はどこか落ち着きと慌ただしさが入り混じっている。
「はあ、ようやく終わったー!」
大きく背伸びをしながら、ギリスケが盛大にあくびをかく。
「お前、途中で寝てただろ」
「んん? さすがに寝てねーよ。……まあ、記憶ほとんどねーけど」
「それを寝てたって言うんだよ」
早朝の妙なハイテンションはどこへやら、今はすっかり電池切れ寸前といった様子だ。式典の途中、舟を漕いでいた姿が容易に想像できる。こういうやつ、どの時代にも一人はいる。前世で高校生だった頃、最前列にもかかわらず堂々と爆睡していたクラスメイトを思い出し、思わず苦笑がこぼれた。
学生あるあるをふと思い出す瞬間、記憶は不意に鮮明になる。懐かしい、という感情が胸をかすめる。もっとも、卒業してから人生二周目を送っている身としては、もはや遠い昔の出来事なのだが。
「にしても、この学園広すぎだろ!? 転移魔法でちゃちゃっと移動できるようにすりゃあいいのによ」
「ああ、それは分かる」
石造りの廊下はどこまでも続いているように見える。初日からこれでは、先が思いやられる。
「ゲームみたいにファストトラベルとかできたら最高なのにな」
「たしかに。あれくらい移動を楽にする仕組み、あってもよさそうだけどな」
「ほんっとそれ!」
この世界では都市部を中心にテレビゲーム文化が広まりつつある。昨日、ギリスケの部屋で遊ばせてもらったが、RPGに格闘ゲーム、FPSまで揃っていて驚いた。前世で親しんだジャンルがそのまま存在していることに、妙な親近感と高揚を覚えたものだ。ギリスケがどこか現代人めいた発想をするのも、その影響なのだろう。
「むむ? その“ふぁすととらべる”とは何でござる?」
ひょい、と横から顔を出したのはマヒロだった。気づけばミオも後ろに続いている。彼女はさきほどの出来事のせいか、どことなく表情が硬い。
「ほら、入学試験のときみたいにさ。特定の場所へ一瞬で移動できる仕組みのことだよ」
「おお、それは確かに便利でござるな!」
ギリスケの説明は思いのほか分かりやすい。普段は勢い任せだが、こういうところは妙に器用だ。
「それなら拙者は、自由に空を飛べる乗り物が欲しいでござる」
「おっ、いいなそれ。じゃあダメ元で要望書出しとこーぜ」
「その“ようぼうしょ”を出せば、空が飛べるのでござるか?」
「知らねーけど、こんだけ金持ちそうな学校ならワンチャンあるだろ」
屈託なく笑い合う二人。そのやり取りを、少し後ろからミオと並んで眺める。
なんだろう――胸の奥が、じんわりと温かい。
これが青春というやつか。
前世の自分は、ここまで無邪気に騒ぐ時間を持てなかった。だからこそ、今こうして目の前に広がる光景が、やけに眩しく感じるのかもしれない。
「……なんか、いいな。青春って」
思わず本音がこぼれる。
「……サダメ……」
隣で小さく名前を呼ばれる。視線を向けると、ミオがわずかに目を伏せ、それから静かに頷いた。
「……うん。そうだね」
その声は控えめだったが、どこか柔らかい。廊下のざわめきの中で、それだけが妙にはっきりと耳に残った。
広すぎる学園も、終わりの見えない廊下も、今は少しだけ悪くない。
そう思いながら、俺たちは新しい教室へと歩みを進めた。