「えー、コールスタッシュ先生の体調が優れないようなので、今日は私が代わりに進行させてもらうよ。よろしくね」
結局この日だけは、リーフさんが教壇に立つことになった。
一方、当のコールスタッシュ先生は教壇の脇で椅子にもたれ、ぐったりしている。時折「うー……あー……」と、まるでゾンビのような呻き声を上げるものだから、どうしても視線がそちらへ吸い寄せられてしまう。
せめて静かにしていてほしい。
「あれが教師ってマジ?」
「授業まともにできんのかよ……」
「名門校って聞いてたのに、ちょっとガッカリだな」
後方からひそひそと不安の声が聞こえてくる。
まあ、無理もない。酒と二日酔いで倒れる担任など、安心材料が一つもない。今後苦情が出てもおかしくはないだろう。むしろ今この瞬間に出てもおかしくない。
「皆、静粛に」
ざわめきを制するように、リーフさんが穏やかな声を響かせた。
「今日は入学初日だ。まだお互いのことも知らないだろう。というわけで、最初の授業は自己紹介から始めよう」
空気を切り替えるには無難な提案だ。
「ただ名前を言うだけでは味気ない。出身地や好きなもの、将来の夢なども加えてくれると嬉しいな。それでは、前列から順にお願いしよう」
「うへー、マジかよ」
「自己紹介とか一番ダルいヤツじゃん……」
生徒たちの反応は芳しくない。
気恥ずかしさもあってか、積極的にやりたいという者は少なそうだ。
分かる。自分のことを大勢の前で語るのは、思っている以上に勇気がいる。思春期特有の「どう見られるか」という不安が、どうしても頭をよぎる。
「えーっと、将来の夢は騎士団に入ることです。よろしくお願いします」
「うん、素晴らしい目標だね。では次」
順番は淡々と進んでいく。
そして――ついに自分の番が回ってきた。
心臓が、わずかに跳ねる。
落ち着け、サダメ。
ただ自己紹介をするだけだ。笑いを取る必要もない。無難に終わらせればいい。
「サダメ・レールステン。出身はリーヴ村。好きなものは……特に思いつきません」
ここまでは順調。
問題は、その先だ。
「将来の夢は――」
そこで、言葉が詰まった。
当たり前のように「勇者になることです」と言おうとした瞬間、ふと周囲の視線が気になった。
今までは、勇者になると言っても周りは応援してくれた。
だがここは違う。
同年代の生徒たちの前で、子供じみた夢を口にして――
笑われないか?
馬鹿にされないか?
そんな考えが一瞬でもよぎった自分に、わずかに苛立つ。
「……?」
「どうしたんだい?」
リーフさんの声で現実に引き戻される。
怖いのか?
夢を語ることが、こんなにも怖かっただろうか。
「……ふぅ」
一つ、息を吐く。
ここに来た目的は何だ?
何のために努力してきた?
思い出せ。
父の背中を追い、血の滲むような鍛錬を重ねた日々を。
自分が選んだ道を。
周囲の視線が、少しずつ遠のいていく。
誰にどう思われようが関係ない。
自分は、そのためにここへ来たのだから。
「……俺の、将来の夢は――」
胸の奥に灯った決意を、そのまま声に乗せる。
「勇者になることです!」
教室に、自分の声がはっきりと響いた。
それはきっと、勇者への道を歩み始める――最初の一歩だった。