「おんぎゃああ、おんぎゃあああ!!」
「おお、おお、元気な子だー」
小さな村で生まれた男の子。
名をイノスと命名された赤ん坊は、生まれつき高い魔力を有していた。
「えっえっえっ、これは凄い。将来は優秀な騎士団員として活躍する未来が見えるわい」
「ほ、本当ですか?!」
「えっえっえっ、まあ、わしが実際に見ておるのは魔筋だけなんじゃがのう」
イノスは予言師ミエールから有望視され、三歳の頃から魔法や剣術の訓練に励んでいた。
本人もその期待を理解しており、むしろ自ら進んで訓練に臨んでいた。
「爆ぜる焔よ、火の球として聚合し、眼前に移りし標的に猛る一投を撃ちかけん――【火球《フレール》】!!」
五歳の頃には魔力制御を覚え、すでに複数の魔法を習得していた。
同年代の子供が魔力を扱うだけで精一杯なのに対し、彼は頭一つ抜けていた。
「はああっ!!」
七歳。卓越した剣術は年上の子供ですら歯が立たなかった。
「おりゃあああ!!」
十歳。鍛え抜いた体術で村の番長として君臨し、悪さをする子供には容赦なく制裁。
そのたびに父から叱られていた。
「父さん、母さん。俺、必ず学園に入って立派な騎士になってくる!」
十五歳。ソワレル魔法学園へ入学。
学園でも優秀な成績を収め、周囲に引けを取らぬ実力を示した。
「イノス・レールステンです! よろしくお願いします!!」
十八歳で学園を卒業し、念願の騎士団へ入団。
厳しい鍛錬と共に、街の治安維持に尽力する日々。
「くっ、ここまで……か」
二十歳。
遺跡調査中、死毒竜《プトマドラゴ》の奇襲を受け、生涯で初めて死を覚悟する。
瀕死の土壇場で【煉獄に誘いし炎獅子の鎧】――後の《煉獅子装炎獄誘灰武者》を開発し、辛くも生還。
「イノス・レールステン。今日から君を、クルーシア王国騎士団副団長に任命する!」
二十五歳。
数々の実績を重ね、副団長へ就任。
さらなる功績を積み上げていった。
「あ、あの、俺と……結婚してください!!」
三十歳。
交際していたステラと結婚。
ちなみに、彼女はイノスにとって初めての恋人だった。
「今まで、お世話になりました」
その約一年後、騎士団を脱退。
故郷ドレーカへ戻り、自給自足の穏やかな生活を送る。
「お、おお、おおおおお!!!!」
それから三年。
二人の間に第一子が誕生する。名をサダメ。
生まれた我が子を見て、興奮のあまり一晩眠れなかったという。
……アレ?
――なぜ自分の過去を遡っている?
というか、ここはどこだ?
確か俺は、魔族と戦っていたはず……
「ッ?!」
真っ白な空間が突如、炎に包まれる。
空は夜のように黒く染まるが、炎の光で闇は感じない。
だが――熱くも、痛くもない。
なんだこれは。幻覚か?
奴の魔法は影魔法だったはずだ。ここまで精巧な幻を見せられるとは思えない。
「……アレは……」
混乱したまま視線を凝らすと、炎の向こうに影が見えた。
燃え盛るたてがみ――獅子。
魔物に似た存在は知っているが、これは初めて見る類だ。
「……」
恐る恐る近づく。
しかし相手は動かない。敵意も、警戒も感じられない。
気づけば、俺の装備は消えていた。
――戦える状態ではない。
「ぐるるるるる」
「……お前が、ここを?」
人語が通じるとは思っていない。
だが、この異常な空間と無関係とも思えなかった。
獅子は、ゆっくりと座り込む。
不思議なほど、穏やかな存在だった。
そして――なぜか懐かしい。
煉獅子装炎獄誘灰武者。
あの鎧と、どこか似ている。
だが、あれは俺が自ら生み出した魔法。
目の前の存在とは無関係のはずだ。
――なのに。
「……」
俺も隣に腰を下ろした。
見上げた空に、星はない。
ここは現実ではない。だが、夢とも違う。
「……なあ、俺はこれからどうすればいい?」
魔力の感覚は消え、拳で地面を殴っても痛みはない。
生きているのか、死んでいるのかすら曖昧だった。
「……ッ」
記憶を辿るほど、胸が締め付けられ、涙が溢れ出す。
――もし、ここが。
そう考えた瞬間、呼吸が苦しくなる。
「……ああ、そうか。多分……そういうことなんだろうな」
涙で視界が滲む。
後悔が、押し潰すように襲ってくる。
「……ダメだな俺は。大の男が号泣なんて、みっともない」
それでも、涙を拭った。
――今の俺にできることは、一つしかない。
「イノス。サダメ。どうか、お前たちに神のご加護が在らんことを」
「ぐるるるるる」
俺は獅子と共に祈り続けた。
燃え盛る業火の中で、いつまでも、いつまでも――。