「お前、サダメとか言ったな?」
低く、抑えた声。
「お、おう」
突然声を掛けられ、思わず喉が鳴った。
教室であれだけ鋭い視線を向けていた相手だ。まさか、こうして自分から話しかけてくるとは思っていなかった。
「おうおうおう。ウチの大将に何か用かい?」
「大将って……」
「我らが大将と話したくば、まずは拙者たちを通してもらおうか」
「……マヒロまで乗っからないでくれる? 話が進まないから」
ギリスケが半ば冗談で胸を張り、なぜかマヒロまで腕を組んで仁王立ちする。
「いやー、面白そうだったので、つい」
この二人、想像以上に気が合うらしい。
だが、今は笑っている場合ではない。
アラガの視線は一切ぶれない。冗談を挟める空気ではなかった。
「お前、勇者を目指してるとか言っていたな?」
核心を、真っ直ぐに突いてくる。
「……ああ」
肯定すると、彼の眼差しがさらに冷えた気がした。
「俺は魔王を殺せるだけの力を身につけるために、この学園に来た」
淡々とした声色。
だが、その奥にあるのは激情だ。
「だから、勇者を目指しているお前は――俺にとって邪魔な存在でしかない」
「なっ……!?」
はっきりとした拒絶。
陰で笑われるより、よほど鋭い一言だった。
「おいおいおい、今のは聞き捨てならねえ――」
「もしお前が本気で勇者を目指すというなら」
「シカトかよ!?」
ギリスケの抗議など、まるで耳に入っていない。
周囲を視界に入れていないのか、それとも本当に興味がないのか。
恐らく、後者だ。
「俺が、お前を潰す」
「ッ!?」
背筋に、冷たいものが走った。
脅しではない。
本気だと分かるからこそ、ぞくりとする。
これは挑発でも虚勢でもない。
宣戦布告だ。
「おい! いくらなんでも喧嘩売りすぎだろ!」
「この学園で無事卒業したいなら――」
「だから無視すんなって!」
アラガはゆっくりと歩み寄ってくる。
ギリスケの騒ぎ声を掻き分けるように、真っ直ぐこちらへ。
目の前に立つと、さらに距離を詰めた。
息がかかるほど近い。
――冷たい。
気のせいではない。
彼の吐息は、まるで氷のように冷えていた。
耳元に顔を寄せ、周囲に聞こえるか聞こえないかの声量で囁く。
「勇者なんて諦めて、青春ごっこでも楽しんでろ」
胸の奥が、ぎり、と軋む。
嘲りではない。
切り捨てるような声音。
用件は済んだと言わんばかりに、彼は身体を離し、そのまま立ち去ろうとする。
なぜそこまで言う。
なぜ俺が勇者を諦めなければならない。
なぜ、そこまでして魔王を殺したい。
分からない。
彼の事情も、怒りの理由も、過去も。
何一つ。
だが――
このまま背を向けられるわけにはいかない。
「アラガ」
思わず、名前を呼んでいた。
足を止める白髪の背中。
廊下の喧騒が遠のく。
言わなければならないことがある。
これは、俺自身のために。