「俺は、友達を作りに来たわけでも、思い出を作りに来たわけでもねぇ」
「……」
「……サダメ……」
アラガの思惑なんて知ったことか。
あいつが何を抱えていようと、どんな過去を背負っていようと、それは俺の知るところじゃない。
だからこそ、俺は自分の胸の内を、そのまま叩きつけた。
「お前がなんで俺を敵視してるのかは分からない。けどな、俺だって勇者を目指すためにここにいるんだ。お前がどう思おうが、そこだけは絶対に曲げねぇ」
言い切った。
喉はひどく乾いている。けれど、不思議と声は震えなかった。
アラガは無言でこちらを見つめている。
表情は変わらない。
感情の揺らぎを一切見せない、凍りつくような視線。
昔の自分なら、その目を向けられただけで足がすくみ、言葉を飲み込んでいただろう。
だが、今は違う。
恐怖よりも、意地のほうが勝っていた。
勇者になると決めたあの日から、引き返す道はない。
「……はあ。そうか」
小さなため息。
それは落胆か、諦観か、それとも嘲笑か。
判別できないまま、彼は踵を返した。
――終わったのか?
そう思った、ほんの一瞬。
「なら、お前は俺の敵だ」
背中越しの声。
一拍置いて、
「いや――俺の目的を果たすための踏み台にしてやる」
「ッ!?」
その言葉は、背中に突き立てられた刃のようだった。
冷たい。鋭い。容赦がない。
これは挑発ではない。
本気の宣戦布告だ。
「おい、なーにが踏み台だー!」
爆発したのは、俺よりもギリスケだった。
「先にこいつに勇者になるって言われたから、同じこと言えなくて言い方変えただけのくせによ! 偉そうにしてんじゃねーぞ、黒歴史こじらせ野郎!」
「ギ、ギリスケ! 声でかいって……!」
「許せぬ!」
間髪入れずにマヒロが前に出る。
その目は完全に戦闘態勢だ。
「其方! 今の発言、撤回せよ!」
「ちょ、マヒロまで!? 刀抜くなって!」
すでに柄に手をかけている。
「離すでござる、ミオ! 友を侮辱され黙っているなど武士の恥! 撤回させるまで許さぬ!」
「サダメも手伝って!? 押さえきれない!」
廊下が一気に騒然となる。
野次馬が増え、ひそひそ声が波のように広がっていく。
まずい。
初日から問題を起こせば、最悪退学だ。
勇者どころか、この学園に居続けることすらできなくなる。
それだけは絶対に避けなければならない。
だが、ギリスケもマヒロも完全に火がついている。
止めなければ。
今すぐに。
「……な」
そのときだった。
アラガが、低く何かを呟いた。
「あ゛あ゛っ!? なんだって!? 聞こえねーよ、イタ眼帯野郎!」
怒りに任せてギリスケが怒鳴り返す。
その瞬間、アラガがゆっくりと振り返った。
――空気が、変わった。
これまでの冷静な無表情とは違う。
初めて、感情が露わになっていた。
抑え込んでいた何かが、はっきりと顔を出す。
怒り。
それも、生半可なものではない。
「うるせえな、虫けら共!」
言葉と同時に、廊下の空気が凍りついた。
比喩ではない。
本当に温度が下がったかのような錯覚を覚える。
ざわめきが止まる。
笑い声が消える。
誰もが息を呑んだ。
廊下に満ちたのは、圧。
濃密な敵意。
そして――明確な殺気。
ただの売り言葉ではない。
本気で、心の底から見下している目だった。