「ッ!?」
彼の一言。
それだけで、周囲の人間はまるで氷像にでもなったかのように動きを止めた。
さっきまで怒鳴り散らしていたギリスケも、刀を抜こうとしていたマヒロも、糸が切れたようにその場へへたり込む。
なんて奴だ。
たった一言で二人を黙らせるだけでなく、野次馬にまで影響を及ぼすとは。
だが――
それだけじゃない。
少なくとも、自分には分かる。
魔力感知を使わずとも、肌を刺すような感覚が伝わってくる。
漏れ出した魔力が、空気そのものを押し潰している。
こんな感覚は初めてだった。
……恐らく、魔力量だけなら自分以上だ。
いや、量だけではない。
質が異質だ。
冷たいのに、燃えるように鋭い。
矛盾した圧が、彼の周囲を支配している。
そして、その発生源は――
眼帯で隠された右目。
あそこから、確かに何かが滲み出ている。
あれは、ただの装飾ではない。
もしかして、普段はあの眼帯で魔力を抑え込んでいるのか?
だとしたら――
抑えてなお、これだけ漏れ出しているということは。
本気になったら、どうなる?
想像するだけで、背筋が冷えた。
まさか、こんな化け物じみた奴に目をつけられるとは。
魔王を殺すと豪語するだけのことはある。
冗談ではない。
あいつは本気だ。
「お前達、何かあったのか!?」
「ッ!? ヤバッ!」
硬直した時間を破ったのは、慌てた声だった。
気づけば、銀髪の男性教師がこちらへ駆け寄ってきている。
その瞬間、空気の凍結が解けた。
野次馬たちは一斉に動き出し、何事もなかったかのように散っていく。
面倒事に巻き込まれる前に退散――賢明な判断だ。
「……ふん」
「あっ!?」
その隙に、アラガも何事もなかったかのように背を向ける。
おい、待て。
騒動の火種を投げ込んだ張本人が、後始末を丸投げして去る気か?
流石に理不尽すぎないか?
だが、呼び止める暇もない。
「君達、一年生か? まさか初日から問題行動を起こしているわけじゃないだろうな?」
鋭い視線が突き刺さる。
「い、いえ。そんなまさか。ははは……」
作り笑い。
顔が引きつっている自覚はある。
さっきの冷気と冷や汗が混ざり、背中が妙に寒い。
「本当か? この辺りで随分騒がしい声が聞こえたが」
「い、いやー、それは、そのー……」
「んんん?」
距離が近い。
圧が、今度は別の意味で強い。
やばい。
正直に言うべきか?
いや、でも騒いだのはこっちだし、初日から罰は避けたい。
どうする。
どうする。
とりあえず笑って誤魔化せ。
初日だし、きっと大目に見て――
「君達、この後は各教室でオリエンテーションを受けるだけだろ?」
「? は、はい。そうですけど」
「なら問題はないな」
ほっ。
一瞬、安堵しかけた、その直後。
「今から職員室でじっくり話を聞かせてもらおうか?」
「……へっ?」
にこり。
逃げ道はなかった。
結局、自分達はそのまま職員室へ連行されることとなり、小一時間ほどありがたいお説教を拝聴する羽目になった。
なぜだ。
どうして自分がこんな目に。
そもそも発端はアラガだろうが。
だが、隣で正座させられているギリスケとマヒロを見て、溜め息をつく。
……まあ。
火に油を注いだのは、間違いなくこの二人だ。
そして俺も止めきれなかった。
勇者への道は遠い。
どうやら、初日から思い知らされることになりそうだ。