転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

162 / 199
第5章ー25

 「ッ!?」

 

 彼の一言。

 

 それだけで、周囲の人間はまるで氷像にでもなったかのように動きを止めた。

 

 さっきまで怒鳴り散らしていたギリスケも、刀を抜こうとしていたマヒロも、糸が切れたようにその場へへたり込む。

 

 なんて奴だ。

 

 たった一言で二人を黙らせるだけでなく、野次馬にまで影響を及ぼすとは。

 

 だが――

 

 それだけじゃない。

 

 少なくとも、自分には分かる。

 

 魔力感知を使わずとも、肌を刺すような感覚が伝わってくる。

 

 漏れ出した魔力が、空気そのものを押し潰している。

 

 こんな感覚は初めてだった。

 

 ……恐らく、魔力量だけなら自分以上だ。

 

 いや、量だけではない。

 

 質が異質だ。

 

 冷たいのに、燃えるように鋭い。

 

 矛盾した圧が、彼の周囲を支配している。

 

 そして、その発生源は――

 

 眼帯で隠された右目。

 

 あそこから、確かに何かが滲み出ている。

 

 あれは、ただの装飾ではない。

 

 もしかして、普段はあの眼帯で魔力を抑え込んでいるのか?

 

 だとしたら――

 

 抑えてなお、これだけ漏れ出しているということは。

 

 本気になったら、どうなる?

 

 想像するだけで、背筋が冷えた。

 

 まさか、こんな化け物じみた奴に目をつけられるとは。

 

 魔王を殺すと豪語するだけのことはある。

 

 冗談ではない。

 

 あいつは本気だ。

 

 「お前達、何かあったのか!?」

 

 「ッ!? ヤバッ!」

 

 硬直した時間を破ったのは、慌てた声だった。

 

 気づけば、銀髪の男性教師がこちらへ駆け寄ってきている。

 

 その瞬間、空気の凍結が解けた。

 

 野次馬たちは一斉に動き出し、何事もなかったかのように散っていく。

 

 面倒事に巻き込まれる前に退散――賢明な判断だ。

 

 「……ふん」

 

 「あっ!?」

 

 その隙に、アラガも何事もなかったかのように背を向ける。

 

 おい、待て。

 

 騒動の火種を投げ込んだ張本人が、後始末を丸投げして去る気か?

 

 流石に理不尽すぎないか?

 

 だが、呼び止める暇もない。

 

 「君達、一年生か? まさか初日から問題行動を起こしているわけじゃないだろうな?」

 

 鋭い視線が突き刺さる。

 

 「い、いえ。そんなまさか。ははは……」

 

 作り笑い。

 

 顔が引きつっている自覚はある。

 

 さっきの冷気と冷や汗が混ざり、背中が妙に寒い。

 

 「本当か? この辺りで随分騒がしい声が聞こえたが」

 

 「い、いやー、それは、そのー……」

 

 「んんん?」

 

 距離が近い。

 

 圧が、今度は別の意味で強い。

 

 やばい。

 

 正直に言うべきか?

 

 いや、でも騒いだのはこっちだし、初日から罰は避けたい。

 

 どうする。

 

 どうする。

 

 とりあえず笑って誤魔化せ。

 

 初日だし、きっと大目に見て――

 

 「君達、この後は各教室でオリエンテーションを受けるだけだろ?」

 

 「? は、はい。そうですけど」

 

 「なら問題はないな」

 

 ほっ。

 

 一瞬、安堵しかけた、その直後。

 

 「今から職員室でじっくり話を聞かせてもらおうか?」

 

 「……へっ?」

 

 にこり。

 

 逃げ道はなかった。

 

 結局、自分達はそのまま職員室へ連行されることとなり、小一時間ほどありがたいお説教を拝聴する羽目になった。

 

 なぜだ。

 

 どうして自分がこんな目に。

 

 そもそも発端はアラガだろうが。

 

 だが、隣で正座させられているギリスケとマヒロを見て、溜め息をつく。

 

 ……まあ。

 

 火に油を注いだのは、間違いなくこの二人だ。

 

 そして俺も止めきれなかった。

 

 勇者への道は遠い。

 

 どうやら、初日から思い知らされることになりそうだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。