翌日。今日からいよいよ通常授業が始まった。
昨日は散々な目に遭ったが、いつまでも引きずってはいられない。気を取り直し、今度こそ平穏な学園生活を――と心に誓いながら教室へ向かう。
この学園の授業内容は、当然ながら前世の高校とは異なる。
午前中は国語や数学、歴史や地理といった一般教養科目が中心で、そこに関しては前世と大差ない。違和感なくついていける内容だった。
問題は午後だ。
魔法学。
この世界ならではの、本命科目である。
「さて、こっから本格的に魔法学の授業を始める訳だが――どうやら入学初日に面倒を起こした馬鹿がいるそうだな?」
「……」
開口一番、それである。
昨日の件がもう共有されているらしい。
嫌な汗が背中を伝った。
魔法学は日によって担当教師が変わるらしいが、今日の教官は見るからに厳しそうな人物だった。
キリヤ・オーヴェン。
自分と同じ赤いショートヘアに鋭いギザ歯。三白眼の鋭い視線が常に獲物を狙う猛獣のような印象を与える女性教諭だ。
魔法学は屋外演習が基本らしく、入学試験を受けたあの広大な野原に再び集められている。
そこに仁王立ち――いや、戦場で兵を待ち構える指揮官のような佇まいで立っているオーヴェン先生を見て、クラス全体が静まり返っていた。
「まさか初日にやらかす奴がいるとは思わなかったぜ。なあ?」
視線が痛い。
明らかに自分たちを睨んでいる。
だがここで目を合わせるのは危険だと本能が告げていた。必死に視線を逸らす。
昨日のアラガの圧も相当だったが、これはまた別種の怖さだ。
「けっ。アタシを相手にシカトとはいい度胸じゃねーか。よーし決めた! 今日は全員走り込みだー!」
『ええええええ!?』
抗議の声が野原に響く。
しかし当然、聞き入れられるはずもない。
こうして本日の魔法学は、広大な野原をひたすら走るという過酷な内容に変更された。
……どうやら沈黙が反抗と受け取られたらしい。
なんか、ごめん。みんな。
「おらおら走れー! 基礎体力の向上も魔法を扱う上で重要だぞー! この程度でへばってたら今後ついていけねーぞ!」
「はあ……はあ……」
授業開始から三十分。
ただひたすら走り続けている。
体力にはそれなりに自信があったが、流石に三十分ノンストップは堪える。筋トレや魔法の練習ばかりで持久力を軽視していたツケが回ってきた形だ。
それに、制服が暑い。
防水や耐熱など様々な機能が備わっている高性能な制服らしいが、走り続ければ蒸れるし重い。しかも今は冬仕様だ。
周囲を見れば、早々に上着を脱ぎシャツ姿で走る生徒も出始めている。中には大胆にも上半身を脱いでいる男子生徒までいる始末だ。
……自分も脱いだ方が楽だろうか。
「おろ? サダメも脱ぐのでござるか?」
隣から声が飛んできた。
見ると、マヒロが涼しい顔で並走している。
四人の中で最も余裕があるのは明らかに彼女だ。ギリスケとミオは既に限界が近そうで、会話する余力すらなさそうである。
「うん……っていうか、マヒロ、結構体力あるんだな?」
息を整えながら問いかける。
黙って走るより会話している方が気が紛れると判断したのだ。
「うむ。拙者は刀一本で戦う身。体力づくりは欠かしておらん」
「へえ、すごいな」
確かに、接近戦主体の彼女にとって体力は生命線だろう。
息も乱れていない。かなり走り込んでいるに違いない。
前世で駅伝部に所属していた自分から見ても、これは相当だ。
「うーむ。拙者も脱いだ方が走りやすそうでござるな」
「ん? ちょっと待てマヒロ」
制服の裾に手をかける彼女を慌てて制止する。
ふと視線が下がり、彼女の腹部がちらりと見えた瞬間、嫌な予感が走った。
「お前、もしかしてインナー着てないのか?」
「いんなー? はて? 何でござるかそれは?」
「えっ?」
嫌な予感は的中した。
まさかの無自覚。
この世界、あるいは彼女の育った環境ではインナーという概念が一般的ではないのかもしれない。
だが、このままでは色々とまずい。
「と、とりあえず脱ぐのは待て! 走りづらいなら上着だけにしとけ!」
「? 承知したでござる」
きょとんとした顔で頷くマヒロ。
危なかった。
別の意味で問題を起こすところだった。
――頼むから今日はもう、これ以上トラブルは勘弁してくれ。
そう願いながら、再び前を向いて走り続けた。