インナーの存在を知らない、ということは――
つまり彼女は今。
「拙者はサラシ以外、何も着ておらぬでござるよ?」
「ッ?!」
やはりそうか。
確認しておいて正解だった。危うく皆の前でとんでもない事態になるところだった。サラシだけに――などとくだらないことを考えている場合ではない。
「よく見てみろ。他の女子は制服の下にちゃんと別の服を着てるだろ。動いたり脱いだりしても問題ないように、ってことだ」
「ほうほう」
走りながら後方を指さす。
そこでは、早々に上着を脱いだ女子生徒たちが半袖シャツ姿で必死に走っていた。あれくらいが運動にはちょうどいい。
本来なら体操服が最適なのだろうが、初回の授業ということもあり、今日はほとんどが制服で参加している。今回の走り込みで、次からは体操服組が増えるに違いない。
「いいかマヒロ。女子はな、基本的に肌をむやみに見せるもんじゃない。恥ずかしいとか以前に、周囲が困る」
「うぬぬ……拙者は恥ずかしくなどないでござるよ?」
「お前が平気でも、周りが平気とは限らない!」
そう言ったそばから、彼女は再び制服の裾に手をかける。
「ちょ、待て待て待て!」
慌てて制止する。
この子、変なところで意地になる。
「サダメは心配性でござるなぁ」
「心配性で済む話じゃないんだって。今日は我慢しろ。次からちゃんと用意すればいい」
「ぐぬぬ……サダメの意地悪」
ぷくっと頬を膨らませるマヒロ。
なぜ自分が悪者扱いなのか。
こっちはトラブル回避のために必死だというのに。
「サダメに見られた時だって、拙者は動揺などしておらなんだろう?」
「ッ!? おい、その話は今ここで――」
よりによって今それを出すか。
背後にはミオがいるというのに。
いや、幸い今は体力が限界でこちらの会話どころでは――
「サ~ダ~メ~?」
「ひいぃっ!?」
振り返った瞬間、そこにはヘロヘロになりながらも、確実にこちらを睨み据えるミオの姿があった。
足取りはふらついているのに、目だけは据わっている。
ある意味、ホラーだ。
いや待て。あそこまで消耗していれば流石に攻撃する余力は――
……今、自分、フラグ立てた?
「はあ……はあ……あんたって奴は、本当に……」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいミオ様!? ワタシは決してやましいことなど――」
思わず口調が変わる。
なぜなら、彼女の右手に風の魔力が集まり始めているのが見えたからだ。
その手があったか。
「いい加減にしろーーー!!」
「ぼはぁっ!?」
放たれた風魔法は見事な制御で、自分だけを的確に吹き飛ばした。
成長してるな、ミオ。
嬉しいような、全然嬉しくないような。
「ぐはっ!!」
体が宙を舞い、地面を転がる。
体感で五十メートルは飛んだ気がする。
空を見上げながら思う。
――最近、こんな目に遭うこと多くないか?
平穏な学園生活とは一体。
「おい」
低い声が降ってきた。
恐る恐る視線を上げると、そこにはオーヴェン先生が仁王立ちしている。
あ、これまずいやつだ。
「何勝手に休んでやがる。とっとと走れ、ぶっ殺すぞ!!」
「す、すいませーん!」
慌てて立ち上がり、再び走り出す。
体は痛いし、息も上がっているし、心も削られている。
それでも止まれない。
止まったら、本気で殺されかねない。
こうして、自分の厄日はまだ継続中だと痛感しながら、今日もまた野原を走り続けるのだった。