「はあ……この学園に来てから、俺って良いことなくないか?」
午後の授業を終え、ひとり校舎内を歩きながら思わず愚痴が漏れる。
今日は本当に散々だった。
走り込みの後、ミオの風魔法で吹き飛ばされ、最終的に保健室送り。軽い打撲と擦り傷とはいえ、わざわざ校舎の端にある保健室まで行く羽目になり、余計に体力を消耗した。
本当ならミオに治療を頼めば早かったのだが、あの不機嫌な様子ではとても声をかける勇気はなかった。
……もう少し穏やかになってくれないものか。
そんなことを考えながら、人気の少ない廊下を歩いていると――
「ん?」
どこからか、カチャカチャという規則的な音が聞こえてきた。
まるでキーボードを叩くような音だ。
この学園にパソコン室なんてあっただろうか。
一応、この世界にも電子機器は存在する。教師たちは連絡用の携帯端末を所持しているし、ギリスケも携帯型ゲーム機をいくつも持ち込んでいた。
だからパソコンがあっても不思議ではない。
だが、少なくとも職員室にそれらしい設備は見当たらなかったし、専用の教室があるとも聞いていない。
まだ一般的に普及しているわけではなさそうだ。
妙に気になった自分は、半ば好奇心に背中を押される形で音のする方向へ歩き出した。
この世界のパソコンはどんなものなのか。
そもそも、インターネットの概念はあるのか。
携帯端末は通話専用のようだったし、ゲームもオフライン仕様ばかりだった。文明レベルから考えれば通信網があってもおかしくはないが、実態はよく分からない。
「♪~」
鼻歌が聞こえた。
音の発生源は、どうやらこの先らしい。
夕方になり、ほとんどの教室は既に施錠されている。だが廊下の奥、ひとつだけ明かりの点いている教室があった。
……いや、正確には“明かりのように見える光”だ。
近づくにつれ、それが室内灯ではなく、何らかの画面の光であることが分かってきた。
この辺りは確か空き教室が多い区画だったはずだ。
そんな場所でひとり、パソコン作業らしきことをしている人物。
どうにも奇妙だ。
「んっ、んん?」
半開きになった扉の小窓から、そっと中を覗き込む。
室内は思ったより暗い。画面の青白い光だけがぼんやりと空間を照らしている。
人影はある。
机に向かい、何かを操作しているようだ。
もう少しだけ――
あと少しだけ見れば、何をしているのか分かるかもしれない。
だが、あまり覗き込むのも不審だ。
諦めるべきか、それとも――
「なーに見てるのかな?」
「いっ!?」
突然、至近距離から声がかかった。
完全にこちらに向けられた声だ。
驚きのあまり尻餅をつく。
「ははははは! そんなに驚かなくてもいいだろう? 大袈裟だなあ、きみは」
軽快な笑い声とともに、教室の扉が大きく開かれる。
逆光の中から姿を現したのは――
「それで? 私に何かご用かな?」
ひとりの少女だった。