転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第5章ー29

 「はあ……この学園に来てから、俺って良いことなくないか?」

 

 午後の授業を終え、ひとり校舎内を歩きながら思わず愚痴が漏れる。

 

 今日は本当に散々だった。

 

 走り込みの後、ミオの風魔法で吹き飛ばされ、最終的に保健室送り。軽い打撲と擦り傷とはいえ、わざわざ校舎の端にある保健室まで行く羽目になり、余計に体力を消耗した。

 

 本当ならミオに治療を頼めば早かったのだが、あの不機嫌な様子ではとても声をかける勇気はなかった。

 

 ……もう少し穏やかになってくれないものか。

 

 そんなことを考えながら、人気の少ない廊下を歩いていると――

 

 「ん?」

 

 どこからか、カチャカチャという規則的な音が聞こえてきた。

 

 まるでキーボードを叩くような音だ。

 

 この学園にパソコン室なんてあっただろうか。

 

 一応、この世界にも電子機器は存在する。教師たちは連絡用の携帯端末を所持しているし、ギリスケも携帯型ゲーム機をいくつも持ち込んでいた。

 

 だからパソコンがあっても不思議ではない。

 

 だが、少なくとも職員室にそれらしい設備は見当たらなかったし、専用の教室があるとも聞いていない。

 

 まだ一般的に普及しているわけではなさそうだ。

 

 妙に気になった自分は、半ば好奇心に背中を押される形で音のする方向へ歩き出した。

 

 この世界のパソコンはどんなものなのか。

 

 そもそも、インターネットの概念はあるのか。

 

 携帯端末は通話専用のようだったし、ゲームもオフライン仕様ばかりだった。文明レベルから考えれば通信網があってもおかしくはないが、実態はよく分からない。

 

 「♪~」

 

 鼻歌が聞こえた。

 

 音の発生源は、どうやらこの先らしい。

 

 夕方になり、ほとんどの教室は既に施錠されている。だが廊下の奥、ひとつだけ明かりの点いている教室があった。

 

 ……いや、正確には“明かりのように見える光”だ。

 

 近づくにつれ、それが室内灯ではなく、何らかの画面の光であることが分かってきた。

 

 この辺りは確か空き教室が多い区画だったはずだ。

 

 そんな場所でひとり、パソコン作業らしきことをしている人物。

 

 どうにも奇妙だ。

 

 「んっ、んん?」

 

 半開きになった扉の小窓から、そっと中を覗き込む。

 

 室内は思ったより暗い。画面の青白い光だけがぼんやりと空間を照らしている。

 

 人影はある。

 

 机に向かい、何かを操作しているようだ。

 

 もう少しだけ――

 

 あと少しだけ見れば、何をしているのか分かるかもしれない。

 

 だが、あまり覗き込むのも不審だ。

 

 諦めるべきか、それとも――

 

 「なーに見てるのかな?」

 

 「いっ!?」

 

 突然、至近距離から声がかかった。

 

 完全にこちらに向けられた声だ。

 

 驚きのあまり尻餅をつく。

 

 「ははははは! そんなに驚かなくてもいいだろう? 大袈裟だなあ、きみは」

 

 軽快な笑い声とともに、教室の扉が大きく開かれる。

 

 逆光の中から姿を現したのは――

 

 「それで? 私に何かご用かな?」

 

 ひとりの少女だった。

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