「マートス先輩は――」
「ああ、そういう堅苦しいのはいいよ」
こちらの言葉を軽く手で制し、彼女は肩をすくめる。
「一学年上とはいえ、私は通常授業に参加してないしね。それに“マートス”なんて家名で呼ばれると、なんだか他人行儀だろ? ソンジでいいよ。……それとも、君だけ特別な呼び方でもするかい?」
からかうように片眉を上げる。
「い、いや、ソンジさんで大丈夫です」
「そう? 残念」
くすりと笑うソンジさん。
軽妙なやり取りを交わしながら、彼女に案内されて教室の奥へと進む。室内はまだ薄暗く、機材の輪郭がぼんやりと浮かぶ程度だ。足元に気をつけながら後を追う。
「授業に参加していないって、どういうことなんですか?」
純粋な疑問を投げかける。
学園に在籍している以上、不登校というわけではないはずだ。だが“授業に参加していない”というのはどういう意味なのだろう。
「私、こう見えて特待生なんだよねー」
あっけらかんとした答えが返ってきた。
「特待生?」
思わず聞き返す。
この学園にそんな制度があるとは知らなかった。だが名門校である以上、あっても不思議ではない。
「そう。成績と研究実績が基準を超えた生徒には、授業の一部免除と研究時間の優先確保が与えられる。私はその枠ってわけ」
さらりと凄いことを言う。
「しかも、この空き教室の一つを私専用にしてもらってるんだ。自由に改装も可。なかなか悪くない待遇だろ?」
「えっ!? 専用……?」
思わず声が上ずる。
授業免除だけでなく、専用研究室まで与えられているとは。想像以上の優遇措置だ。
「けど、こんな空き教室をもらって……何をしてるんです?」
新たな疑問が浮かぶ。
先ほどのキーボード音。暗い室内での作業。明らかに何かを研究している様子だった。
「ふふふ。そんなに気になるかい?」
ソンジさんは意味深に笑う。
「いいね。君みたいに純粋な好奇心を持ってる子は好きだよ」
「はあ……どうも」
素直に褒められているのか、からかわれているのか判断がつかない。
だが、ここまで勿体ぶられると余計に知りたくなるのが人情というものだ。
「いいだろう。特別に見せてあげよう。生徒に公開するのは、君が初めてだ」
そう言って彼女は足を止め、壁際のスイッチを押した。
カチリ、と乾いた音が響く。
「んっ」
瞬間、天井灯が一斉に点灯した。
暗闇に慣れていた目に強い光が差し込み、思わず目を閉じる。
「サダメ君。目を開けてごらん」
数秒後、穏やかな声に促され、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
視界が徐々に鮮明になっていく。
まず目に入ったのは、白衣姿のソンジさん。
そして――
「……ッ!? これは……」
その背後に、壁一面に並ぶ大量のモニター。
大小さまざまな画面が整然と配置され、それぞれに異なる映像や数式、魔法陣の解析図らしきものが表示されている。
机上には見慣れない端末と、魔導回路のような装置が幾重にも接続されていた。
ここは空き教室などではない。
まるで研究機関の管制室だ。
「ようこそ、私の研究室へ」
ソンジさんは誇らしげに微笑む。
その瞳は、先ほどまでの軽い調子とは違い、鋭い知性の光を宿していた。