「ぐうっ?!」
結界が砕け散った。
次の瞬間、凄まじい爆風が周囲を薙ぎ払い、空気そのものが悲鳴を上げる。物置小屋のそばへ避難していた自分と母は辛うじて吹き飛ばされずに済んだが、荒れ狂う風と煙が視界を覆い尽くし、今どんな状況になっているのかまるで分からない。
――父の全力。
初めて目にしたそれは、想像を遥かに超えていた。
理解するより先に、世界の方が壊れていく。
あんな狭い空間で、あれほどの力を解き放っていたのだ。
もし父が結界を張っていなければ、自分たちは爆風に呑まれ、今ここに存在していなかったかもしれない。
そして――その父と、互角に渡り合っていた魔物。
斬っても斬っても崩れない身体。
魔法を浴びても揺るがぬ異形。
そんな化け物を相手に、父に勝機などあるのか。
胸の奥にじわじわと広がる絶望。それでも、自分は祈ることをやめられなかった。
――勝ってくれ。
生きて帰ってきてくれ。
前世では神頼みなど信じてもいなかった。
だが、この瞬間だけは違った。人生で最も必死に、見えない何かへ願いを投げ続けていた。
「……うっ……」
爆風が徐々に弱まり、煙が薄れていく。
不安に押し潰されそうになりながら、無意識に父のもとへ足を踏み出した。
――まだ見えない。
なら、魔力感知だ。
未熟な自分でも、父の魔力だけは嫌というほど知っている。
それを探すだけなら、きっと――
「っ!?」
探知した魔力は、ひとつだけ。
しかも、それは――父のものではない。
「……お、お父……さん?」
煙の中に人影が浮かぶ。
喉が凍りつき、恐る恐る声を絞り出した。
そして。
「――ッッ!!?」
煙が晴れ、光景が露わになる。
刀を振り下ろしたまま静止する父。
その胸を、黒い手が貫いていた。
父の魔力は、どこにも感じられない。
そこにあるのは、冷たく異質な魔力だけ。
「……あっ……ああっ……」
声にならない声が漏れた。
膝が勝手に崩れ、立っていられない。
黒い手がゆっくりと引き抜かれる。
父は音もなく地面に倒れた。
ピクリとも動かない。
父の手から滑り落ちた刀は、まるで役目を終えたかのように形を失い、灰となって風に消えていく。
「『ふう……少々危なかったですね』」
「……そ、そんな……」
魔物は平然と呟いた。
まるで散歩の途中で、少し面倒な石を踏んだ程度の口調で。
涙が止まらない。
睨むことしかできない自分が、あまりにも情けなかった。
身体が動かない。
恐怖が骨の奥まで染み込み、力という力を奪っていく。
――動け。
何のために、今まで特訓してきたんだ。
だが足は地面に縫い付けられたように動かない。
「『だがまあ……所詮は人間。君の父は、とんだ痴人でしたよ』」
その言葉が、最後の一撃だった。
胸の奥で、何かが音を立てて壊れる。