気がつけば終業のチャイムが鳴り、校内の閉門時間も目前に迫っていた。
自分はソンジさんと並んで、夕暮れの校門へと向かって歩いている。
「それにしても……帰りは普通に制服なんですね?」
隣を歩く彼女に、ついそんなことを聞いてしまう。
研究室を出る直前まで白衣姿だったはずなのに、今は何食わぬ顔で学園の制服をきちんと着こなしているのだから、その落差に戸惑うのも無理はない。
「君は私を何だと思っているんだい?」
じとっとした視線が向けられる。
「さすがに公共の場をあんな格好で歩くほど非常識じゃないさ」
「ですよね……」
むしろ研究室内であの格好なのはどうなんだ、という疑問が喉元まで出かかったが、飲み込む。
すると彼女は、ふっと悪戯っぽく笑った。
「それはそうと。あの姿を見たのは君が初めてだ。これは責任を取ってもらわないといけないかもしれないな」
「え゛っ!?」
思わず変な声が出る。
向こうから見せてきたはずなのに、なぜこちらが責任を負う流れになるのか。
「ははは、冗談だよ。そんなに慌てるな」
からからと笑う彼女に、ようやく胸を撫で下ろす。
「冗談、ですよね……」
「そこまで鬼じゃないさ」
どうやら本気ではないらしい。
まったく、人をからかうのが好きな人だ。
校門を出たところで、彼女はふと思い出したように立ち止まった。
「あ、そうだ。同郷の人間と出会えた記念だ。これをあげよう」
差し出されたのは、手のひらサイズの長方形の機器。
ガラスのような滑らかな表面に、側面にはボタンらしきものが付いている。
「……これって」
見覚えのある感触。
懐かしさが胸に込み上げる。
「スマートフォンさ。今のところ通話とメッセージ機能しか入れていないがね」
「ッ!? これ、もらっていいんですか!?」
思わず声が上ずる。
「ああ。私と君が出会った証だ。私の連絡先も登録済みだ。何かあれば連絡するといい」
スマートフォン。
異世界で再び手にする日が来るとは思わなかった。
技術的にも貴重なはずだ。それを自分に渡してくれるとは。
「……ありがとうございます」
自然と頭が下がる。
「試しに電源を入れてみな」
「はい、えっと……ここですね」
久々の感触に胸が高鳴る。
ボタンを押すと、数秒後に起動画面が表示された。
ロゴ、アニメーション、読み込み表示。
どれも丁寧に再現されている。
「すごい……」
感嘆の声が漏れる。
やがてホーム画面が表示され――
「……ん?」
背景画像を見た瞬間、固まった。
そこに映っていたのは、別の下着姿のソンジさん本人の写真だった。恐らく自室で撮ってあるのだろう。白衣も着てないし。
「はははは、それを私だと思って大事に使ってくれよ、サダメ君」
「……は、はい……」
どうやら壁紙は現時点では変更不可らしい。
なんとも言えない気持ちを抱えつつも、スマートフォンを握りしめる。
夕焼け空の下、橙色に染まる街並みを眺めながら思う。
異世界で再び手にした“文明の欠片”。
それは単なる通信機器以上の意味を持っている。
この出会いが偶然なのか必然なのかは分からない。
だが確実に、自分の運命は大きく動き始めている。
――転生勇者が死ぬまで、残り4097日。