転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第5章ー40

 「ッ?!」

 

 マヒロが刀に手を掛けた、その瞬間だった。

 

 周囲の空気が、ざわりと震える。

 

 生徒たちの制服の裾が揺れ、野原の草が波打つ。

 ただ雰囲気が変わった、という比喩ではない。明らかに“何か”が変化している。

 

 次の瞬間、彼女の黒髪がゆっくりと色を失い――鮮やかな緑へと染まっていった。

 

 同時に、彼女を中心として強い風が巻き起こる。

 

 それはまるで、ミオの風魔法を凝縮したかのような自然な暴風だった。

 

 「はあっ!!」

 

 鋭い気合いと共に、マヒロは居合の構えから一息で刀を抜き放つ。

 

 閃光のような一閃。

 

 だが刃が斬ったのは空間そのものだった。

 

 目に見えぬ風の刃が、地面すれすれを一直線に駆け抜ける。

 

 その速度は視認すら困難。

 遅れて、一直線に草が宙へと舞い上がる。

 

 刃は触れていない。

 それでも、通過した軌道上の草は、正確に断ち切られていた。

 

 「ふぅ」

 

 風の刃が遠く地平線の彼方へ消えていく頃には、マヒロはすでに刀を鞘へと収めていた。

 

 周囲を包んでいた暴風は収まり、緑に変わっていた髪も、いつの間にか元の黒へと戻っている。

 

 ――あれが、魔剣・魔妖。

 

 髪色の変化は、おそらく自然魔法との同調現象。

 剣を媒介に、風を極限まで洗練させているのだろう。

 

 ミオの風魔法とは対照的だった。

 

 荒々しく力任せに魔力を放出するのではない。

 制御され、研ぎ澄まされ、無駄がない。

 

 一太刀に込められた密度が、まるで違う。

 

 「……魔剣は扱いそのものが難しい。それをここまで使いこなすか」

 

 先生が珍しく感心した声を漏らす。

 

 「文句なしの合格だ」

 

 「はあ。よかったでござる」

 

 マヒロは胸を撫で下ろしながらも、どこか余裕を崩さない。

 

 今のところ、合格者は彼女一人。

 厳しい先生が即断するのも無理はない。

 

 実力も、体力も、明らかに一段上だ。

 

 ――だが。

 

 「けれど、拙者は走り込みも好きでござる」

 

 「……何?」

 

 「よい鍛錬にもなる。拙者も共に走ってよいでござるか?」

 

 まさかの申し出だった。

 

 「……まあ、接近戦主体なら魔法より肉体強化の方が効率はいいか。好きにしろ」

 

 「かたじけない!」

 

 合格を自ら放棄するような発言。

 

 これでは結局、全員走ることになるのではないか。

 このテストの意味とは一体――と、思わず遠い目になる。

 

 「あっ、見つけたでござるー!」

 

 次の瞬間、視界いっぱいにマヒロの顔が迫った。

 

 「ッ!? マヒロ!?」

 

 彼女は勢いよく駆け寄り、そのまま躊躇なく自分へダイブしてくる。

 

 衝撃で後ろに倒れそうになるのを、どうにか踏みとどまる。

 

 「拙者も走り込みに参加するゆえ、一緒に鍛錬するでござる!」

 

 「あ、ああ……分かった。分かったから、ちょっと離れて……」

 

 甘えるように抱きつく彼女を引き剥がそうとするが、思った以上に腕力が強い。

 

 小柄な体のどこにそんな力があるのか。

 

 ――この状況をミオに見られたら、また風魔法で吹き飛ばされるのでは。

 

 嫌な予感がして、そっと視線を向ける。

 

 「……」

 

 だが、彼女はこちらを見ていなかった。

 

 体育座りのまま俯き、微動だにしない。

 

 さきほどの先生の言葉が、相当堪えているのだろう。

 

 あの辛辣な指摘。

 “論外”という一言。

 

 彼女は、誰よりも努力してきたはずだ。

 

 「……ミオ……」

 

 声をかけようと、立ち上がりかける。

 

 けれど、足が止まる。

 

 何を言えばいい?

 

 慰めか。励ましか。それとも叱咤か。

 

 どれも、今の自分には軽すぎる気がした。

 

 さきほど火球を霧散させた自分に、彼女を支える資格があるのか。

 

 胸の奥が、じわりと重くなる。

 

 結局、自分はその場に立ち尽くしたまま、何一つ言葉を見つけられなかった。

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