「?! なん……だと?」
魔物の言葉が、遅れて胸に突き刺さった。
痴人――だと?
自分たちを守るために命を懸けた父を、そんな一言で踏みにじられるなど許せるはずがない。怒りが熱となって全身を駆け巡り、震える手に力が戻る。
「『私には三つの武器があります』」
「ッ?!」
魔物はまるで講義でも始めるかのように、人差し指を立てて語り出した。戦場の中心で、血の匂いが漂うこの場で、あまりに場違いな余裕だった。
「『一つはこの“陰魔法”。これで相手を直接殺すことができる』」
そう言いながら、黒い手をゆっくりと掲げる。
確かにそれは、父の命を奪った凶器だった。
だが――
「『二つ目は“頭脳”。相手を殺すための策を練るのに必要な武器』」
魔物は自分のこめかみを指差し、楽しげに笑った。
……魔法だけではない、ということか。
戦う力だけでなく、考える力すら“武器”と呼ぶ。
ならば、最後の一つは――
「『そして三つ目は、“言葉”だ』」
魔物は今度は、自らの口元を指差した。
「ッ?!」
意味が分からず息を呑む。
「『魔物と人類が敵対関係にあるのは言うまでもない。では、なぜ私たちがわざわざ人の言葉を話すと思いますか?』」
「……」
答えられるはずもない。
だが魔物は、こちらの沈黙すら計算済みだと言わんばかりに続けた。
「『答えは単純。“人を欺くため”です。人とは愚かで単純な生き物。同じ言葉を話すだけで、相手を理解した気になり、無意識のうちに警戒を緩める』」
「で、デタラメを……言うな」
声が震えた。
父の死の衝撃は消えていない。それでも、このまま黙って聞いていれば、父までもが“愚か者”として塗り替えられてしまう気がした。
「父が……そんなことで油断するはずがない……!」
「『……そうですね。後半は適当に考えました』」
「……は?」
予想外すぎる返答に、思考が一瞬止まった。
今、こいつは――自分で言った理屈を、あっさり“適当”だと認めた?
「『さっき言いましたよね? “人を欺くために我々は人語を語る”と』」
「……何が言いたいんだよ、おまえ」
腹の底から不快感が湧き上がる。
こいつは戦っているのではない。
言葉で、心を踏みにじって遊んでいる。
「『君は私の話を半信半疑で聞いていました。ですが――彼はどうだったでしょうか?』」
「?」
魔物の視線が、倒れ伏す父へと向く。
「『彼は、私の言葉を鵜呑みにしていましたよ。彼の敗因はそこです』」
「はあ? お父さんがそんなヘマを――」
「『なら、教えて差し上げましょう』」
声が、低くなる。
「『私がどうやって、君の父を“殺せたのか”を』」
「っ?!」
混乱が渦を巻く。
魔法の撃ち合いで押し負けたのではないのか?
だが確かに――最後に父の胸を貫いたのは、魔法ではなく“黒い手”だった。
煙に紛れ、直接近づいた?
いや、そんな単純な話ではないのか?
魔物は、楽しそうに口角を吊り上げる。
「『逃げたんですよ』」
「……は??」
理解が追いつかない。
だが、魔物の瞳だけが、底知れぬ愉悦で光っていた。