転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第1章ー17

 「?! なん……だと?」

 

 魔物の言葉が、遅れて胸に突き刺さった。

 痴人――だと?

 

 自分たちを守るために命を懸けた父を、そんな一言で踏みにじられるなど許せるはずがない。怒りが熱となって全身を駆け巡り、震える手に力が戻る。

 

 「『私には三つの武器があります』」

 

 「ッ?!」

 

 魔物はまるで講義でも始めるかのように、人差し指を立てて語り出した。戦場の中心で、血の匂いが漂うこの場で、あまりに場違いな余裕だった。

 

 「『一つはこの“陰魔法”。これで相手を直接殺すことができる』」

 

 そう言いながら、黒い手をゆっくりと掲げる。

 確かにそれは、父の命を奪った凶器だった。

 

 だが――

 

 「『二つ目は“頭脳”。相手を殺すための策を練るのに必要な武器』」

 

 魔物は自分のこめかみを指差し、楽しげに笑った。

 

 ……魔法だけではない、ということか。

 戦う力だけでなく、考える力すら“武器”と呼ぶ。

 ならば、最後の一つは――

 

 「『そして三つ目は、“言葉”だ』」

 

 魔物は今度は、自らの口元を指差した。

 

 「ッ?!」

 

 意味が分からず息を呑む。

 

 「『魔物と人類が敵対関係にあるのは言うまでもない。では、なぜ私たちがわざわざ人の言葉を話すと思いますか?』」

 

 「……」

 

 答えられるはずもない。

 だが魔物は、こちらの沈黙すら計算済みだと言わんばかりに続けた。

 

 「『答えは単純。“人を欺くため”です。人とは愚かで単純な生き物。同じ言葉を話すだけで、相手を理解した気になり、無意識のうちに警戒を緩める』」

 

 「で、デタラメを……言うな」

 

 声が震えた。

 父の死の衝撃は消えていない。それでも、このまま黙って聞いていれば、父までもが“愚か者”として塗り替えられてしまう気がした。

 

 「父が……そんなことで油断するはずがない……!」

 

 「『……そうですね。後半は適当に考えました』」

 

 「……は?」

 

 予想外すぎる返答に、思考が一瞬止まった。

 今、こいつは――自分で言った理屈を、あっさり“適当”だと認めた?

 

 「『さっき言いましたよね? “人を欺くために我々は人語を語る”と』」

 

 「……何が言いたいんだよ、おまえ」

 

 腹の底から不快感が湧き上がる。

 こいつは戦っているのではない。

 言葉で、心を踏みにじって遊んでいる。

 

 「『君は私の話を半信半疑で聞いていました。ですが――彼はどうだったでしょうか?』」

 

 「?」

 

 魔物の視線が、倒れ伏す父へと向く。

 

 「『彼は、私の言葉を鵜呑みにしていましたよ。彼の敗因はそこです』」

 

 「はあ? お父さんがそんなヘマを――」

 

 「『なら、教えて差し上げましょう』」

 

 声が、低くなる。

 

 「『私がどうやって、君の父を“殺せたのか”を』」

 

 「っ?!」

 

 混乱が渦を巻く。

 魔法の撃ち合いで押し負けたのではないのか?

 だが確かに――最後に父の胸を貫いたのは、魔法ではなく“黒い手”だった。

 

 煙に紛れ、直接近づいた?

 いや、そんな単純な話ではないのか?

 

 魔物は、楽しそうに口角を吊り上げる。

 

 「『逃げたんですよ』」

 

 「……は??」

 

 理解が追いつかない。

 だが、魔物の瞳だけが、底知れぬ愉悦で光っていた。

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