「まさか、こんな明け方からサダメと出会うとは思っていなかったでござる」
「マヒロも朝からランニングか?」
「うむ! 幼少の頃からの日課故、走り込みはいつも欠かしてはおらぬ。サダメも日課なのでござるか?」
「いや、今日から始めようと思って」
「そうでござったか。では、これからは毎日サダメと一緒に走れるでござるな」
「魔法学の授業でも走れるけどな」
そんな他愛もない会話を交わしながら、二人で並んで走り続ける。
どうやら彼女は本当に昔から走り込みを欠かしたことがないらしい。幼少の頃から、という言葉を聞いて思わず納得してしまった。あれほどの体力と持久力、そして魔剣を自在に扱える身体は、伊達ではないということだ。
本当に凄い。
生まれ持った才能もあるのだろうが、それ以上に積み重ねてきた時間が違う。
「そうだ。マヒロって、普段どんなトレーニングしてるんだ?」
「おろ? 拙者のでござるか?」
「ああ。実は今、自主トレ始めようとしててさ。自分なりにメニューは考えてみたんだけど、参考までに聞いておきたいんだ」
「なるほどなるほど。力になれるかは分からぬが、それしきのことであればよかろう」
彼女は快く頷いてくれた。
あれほどの体力を持ち、魔剣を扱いこなしている彼女の鍛錬方法を知ることができれば、今後のトレーニングの大きな指針になるはずだ。……それに、単純に興味もあった。
こうして気軽に聞ける友人がいるというのは、思っていた以上に心強い。
「助かるよ。それで、この後って何してるんだ?」
「この後でござるか? うーんと……そうでござるなー……」
そう言って、彼女は右手の人差し指を額に当て、少し考え込む。
日によってメニューを変えているのだろうか。その発想は自分にはなかった。毎日同じ内容をこなすことしか考えていなかっただけに、柔軟さの違いを感じてしまう。
――やっぱり、この人は別格だ。
「おー、思い出したでござる。腕立て千回でござる!」
「……へっ?」
一瞬、思考が止まった。
今、聞き間違いでなければ「腕立て千回」と言った気がする。気のせいだろうか。早朝の冷たい空気が、脳の処理能力を落としているのかもしれない。
「それから腹筋千回、背筋千回。それが終わり次第、素振りを三千回して……」
「……ま、マヒロさん?」
恐る恐る声を掛ける。
「それって、一日の目安……ってわけじゃないですよね?」
「おろ? 早朝の鍛錬内容でござるよ? 夜はこれの倍はやるでござる」
「……そ、そうなんですね……」
どうやら、完全に思い違いをしていたらしい。
彼女のトレーニングは、もはや常人の範疇を軽々と逸脱していた。才能云々以前に、前提となる基準が違いすぎる。
自分が「少しハードかな」と思って組んだメニューが、彼女にとっては準備運動以下なのだろう。
この差を一気に埋めようなどと考えるのは、あまりにも無謀だ。
「……とりあえず、今は自分のメニューをちゃんとこなすところからだな」
そう自分に言い聞かせ、俺はまずは現実的な目標を見据えることにした。
いつか彼女の領域に辿り着けるかは分からない。それでも、立ち止まらず走り続けることだけは、今日から確実に始められるのだから。