「はあ、朝からスゲー疲れた……」
一人で登校中、思わずため息混じりに本音を吐露していた。
あの後、マヒロに服を脱がされないよう必死に逃げ回ったせいで、想定外に体力を消耗してしまったのだ。朝練としてのランニングはそれなりにこなしたはずなのに、最後はまるで鬼ごっこの延長戦。完全に余計な消耗である。
風呂に入って汗を流し、朝食もしっかり食べ、登校前には軽く横にもなった。それでも身体の奥に残る疲労感は消えきらず、脚や腹筋がじんわりと重い。
今日の魔法学の授業、大丈夫だろうか。眠気より先に筋肉痛が来そうな気配すらある。
そんなことを考えながら校舎へ向かっていると、前方に俯き気味で歩いている女子生徒の姿が目に入った。
「ん? あれは……」
見覚えのある後ろ姿。
髪型と雰囲気からして、間違いなくミオだ。
そういえば、昨日マヒロに彼女の様子を見てほしいと頼まれていた。表情は遠目からでは分からないが、背中越しにも分かるほど元気がない。歩く速度も心なしか遅く、肩も少し落ちているように見える。
――どう声を掛けたものか。
落ち込んでいる相手に、気の利いた言葉を投げかけられるほど、自分は人付き合いが得意ではない。下手なことを言えば逆効果になる可能性もあるし、沈黙を恐れて余計なことを口走る自信もある。
だが、マヒロと約束した以上、何もしないわけにはいかない。
とりあえず様子見で、いつも通りの挨拶から始めるしかないだろう。
「お、おはよう、ミオ」
後ろから声を掛けると、彼女は一瞬肩を跳ねさせた。
「ッ!? ……サダメ。おはよう」
少し驚いた様子ではあったが、ちゃんとこちらを振り返り、挨拶を返してくれた。顔色は悪くないし、目の下に隈も見えない。どうやら昨夜はそれなりに眠れていたらしい。
「? どうかしたの?」
じっと様子を見ていたせいか、逆に心配されてしまった。
「え? あ、いや、なんでもねーよ」
「……そう……」
こちらが心配していたはずなのに、心配される側に回ってしまったことに、内心で苦笑する。
改めて見てみると、確かにテンションは低めだが、想像していたほど深刻ではなさそうだ。会話も成立しているし、反応も鈍くはない。朝でまだ頭が完全に起きていないだけ、という可能性も十分ある。
「……そ、そういえばさ。今日、早朝にランニングしてたら、マヒロとばったり会ってさ」
「へえ、そうなんだ」
彼女は小さく微笑みながら相槌を打ってくれた。
その様子を見て、胸の奥にあった緊張が少しだけ和らぐ。
――やっぱり、一晩寝て気分をリセットできたのかもしれない。
そう思って安心した、その矢先だった。
「それでアイツ、川で休憩してたら急に裸になってさ……」
「『はだか』?」
「あっ!?」
センシティブな単語を口にした瞬間、ミオの空気が一変した。
穏やかだった表情が凍りつき、次の瞬間には鋭い視線が突き刺さる。
しまった。
ホッとしたせいで、完全に調子に乗った。
「い、いや、あの、ミオさん? それには深い事情がありましどぅぇへっ!?」
必死に言い訳を探すも、その努力は無駄に終わる。
「問答無用!!」
次の瞬間、腹部に重い衝撃が叩き込まれ、身体が宙を舞った。
視界が回転し、気付けば数メートル先の地面を転がっていた。
「……ふん!」
倒れ込んだ自分を一瞥すると、ミオはゴミを見るような冷たい目を向け、そのまま何事もなかったかのように学園へと歩いて行った。
これで自分の不運記録は、また一つ更新である。
だが――。
「……元気そうで、何よりだな」
地面に転がりながら、そんなことを思ってしまう自分がいた。
怒って、殴って、そっぽを向く。それは、いつも通りのミオの姿だったからだ。
ゆっくりと身体を起こし、制服の埃を払いながら、自分は苦笑交じりに立ち上がった。