「はあ……はあ……」
肺が悲鳴を上げ、喉の奥がひりつく。脚は鉛のように重く、一歩踏み出すたびに地面へ引きずり戻されそうになる。
『はいはい、遅い遅い! もうちょっとスピード上げて走らないと意味ないよー!』
野原に響く先生の声が、容赦なく背中を叩いてくる。
「は、はい……!」
返事だけは威勢よく返したものの、身体は正直だった。
今日の魔法学の授業も例によって走り込み。しかも、早朝に行った自主トレーニングが思いのほか尾を引いており、昨日よりも確実にきつい。
――いや、正確には、原因はそれだけじゃない。
朝のランニング後、川辺でマヒロに追い回された記憶が脳裏をよぎる。あれは完全に想定外だった。鍛錬どころか、ほぼ全力疾走の鬼ごっこである。
そりゃあ疲れも残るわけだ。
「大丈夫でござるか、サダメ? ここは気合いでなんとか頑張るでござる!」
「はあ……はあ……お、おう……はあ……はあ……」
声の主――マヒロはというと、信じられないほど元気だった。
こちらの苦悶などお構いなしに、余裕たっぷりの表情で併走している。息も上がっていなければ、フォームも乱れていない。むしろ、軽やかですらある。
フワッとした励ましと、根拠のない気合論を投げてくる余裕まである始末だ。
いや、よく考えれば当然かもしれない。
今朝、自分が走り始めた時点で、彼女はすでに走り終えた後だった可能性すらある。連日の走り込みもものともせず、平然と追加で走るその体力。
――本当に、人間なのか?
本気でそう思ってしまうほど、彼女のスタミナは底が知れなかった。
『……はい、今日はもうおしまい! 明日に備えて、しっかり休めよー!』
その一言が聞こえた瞬間、緊張の糸が切れた。
「はあ……はあ……はあ……やっと……終わった……あぁ……」
終了の合図と同時に、あちこちで生徒たちが倒れ込む。
自分も例に漏れず、その場にダイブするようにうつ伏せになった。
脚全体が熱を持ち、特に脹脛の辺りは今にも破裂しそうだ。乳酸が溜まりすぎて、少し動かすだけでも激痛が走る気がする。
「うむ。今日もお疲れでござる、サダメ」
うつ伏せのまま荒い息を繰り返していると、上から明るい声が降ってきた。
仰向けに転がると、そこには満面の笑顔を浮かべたマヒロが立っていた。
汗を掻いているというのに、その表情は驚くほど爽やかだ。
このまま清涼飲料水の広告に出られそうな勢いである。
――陰キャだった頃の自分が見たら、たぶん浄化される。
そんなくだらないことを考えながら、必死に言葉を絞り出す。
「はあ……はあ……やっぱ……凄いな……マヒロは……」
「? そうでござるか?」
彼女は首をかしげ、周囲で倒れ込んでいる生徒たちを見渡した。
「サダメも、皆も、連日の走り込みに音を上げず、最後まで走り抜いていて凄いと思うでござるよ?」
「はは……まあ……はあ……たしかに……そう、だな……」
確かに、彼女の言う通りだ。
誰一人途中でリタイアせず、形はどうあれ全員が最後まで走り切っている。
もっとも、自分のようにペース配分も何も考えられず、ただ必死に脚を動かしているだけの者が大半ではあるが。
先生が呆れるのも無理はない。
それでも、根性だけは評価していいと思う。
ギリスケあたりは、いつかサボり出しそうな雰囲気はあるが……まあ、それはそれとして。
名門校に集まるだけあって、やはり簡単には折れない連中ばかりだ。
――そう、この時までは。
この直後、あんな事態が待っているなど、疲れ切った今の自分には想像もしていなかったのだから。