転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第5章ー48

 「はあ……はあ……」

 

 肺が悲鳴を上げ、喉の奥がひりつく。脚は鉛のように重く、一歩踏み出すたびに地面へ引きずり戻されそうになる。

 

 『はいはい、遅い遅い! もうちょっとスピード上げて走らないと意味ないよー!』

 

 野原に響く先生の声が、容赦なく背中を叩いてくる。

 

 「は、はい……!」

 

 返事だけは威勢よく返したものの、身体は正直だった。

 今日の魔法学の授業も例によって走り込み。しかも、早朝に行った自主トレーニングが思いのほか尾を引いており、昨日よりも確実にきつい。

 

 ――いや、正確には、原因はそれだけじゃない。

 

 朝のランニング後、川辺でマヒロに追い回された記憶が脳裏をよぎる。あれは完全に想定外だった。鍛錬どころか、ほぼ全力疾走の鬼ごっこである。

 そりゃあ疲れも残るわけだ。

 

 「大丈夫でござるか、サダメ? ここは気合いでなんとか頑張るでござる!」

 

 「はあ……はあ……お、おう……はあ……はあ……」

 

 声の主――マヒロはというと、信じられないほど元気だった。

 こちらの苦悶などお構いなしに、余裕たっぷりの表情で併走している。息も上がっていなければ、フォームも乱れていない。むしろ、軽やかですらある。

 

 フワッとした励ましと、根拠のない気合論を投げてくる余裕まである始末だ。

 

 いや、よく考えれば当然かもしれない。

 今朝、自分が走り始めた時点で、彼女はすでに走り終えた後だった可能性すらある。連日の走り込みもものともせず、平然と追加で走るその体力。

 

 ――本当に、人間なのか?

 

 本気でそう思ってしまうほど、彼女のスタミナは底が知れなかった。

 

 『……はい、今日はもうおしまい! 明日に備えて、しっかり休めよー!』

 

 その一言が聞こえた瞬間、緊張の糸が切れた。

 

 「はあ……はあ……はあ……やっと……終わった……あぁ……」

 

 終了の合図と同時に、あちこちで生徒たちが倒れ込む。

 自分も例に漏れず、その場にダイブするようにうつ伏せになった。

 

 脚全体が熱を持ち、特に脹脛の辺りは今にも破裂しそうだ。乳酸が溜まりすぎて、少し動かすだけでも激痛が走る気がする。

 

 「うむ。今日もお疲れでござる、サダメ」

 

 うつ伏せのまま荒い息を繰り返していると、上から明るい声が降ってきた。

 仰向けに転がると、そこには満面の笑顔を浮かべたマヒロが立っていた。

 

 汗を掻いているというのに、その表情は驚くほど爽やかだ。

 このまま清涼飲料水の広告に出られそうな勢いである。

 

 ――陰キャだった頃の自分が見たら、たぶん浄化される。

 

 そんなくだらないことを考えながら、必死に言葉を絞り出す。

 

 「はあ……はあ……やっぱ……凄いな……マヒロは……」

 

 「? そうでござるか?」

 

 彼女は首をかしげ、周囲で倒れ込んでいる生徒たちを見渡した。

 

 「サダメも、皆も、連日の走り込みに音を上げず、最後まで走り抜いていて凄いと思うでござるよ?」

 

 「はは……まあ……はあ……たしかに……そう、だな……」

 

 確かに、彼女の言う通りだ。

 誰一人途中でリタイアせず、形はどうあれ全員が最後まで走り切っている。

 

 もっとも、自分のようにペース配分も何も考えられず、ただ必死に脚を動かしているだけの者が大半ではあるが。

 先生が呆れるのも無理はない。

 

 それでも、根性だけは評価していいと思う。

 ギリスケあたりは、いつかサボり出しそうな雰囲気はあるが……まあ、それはそれとして。

 

 名門校に集まるだけあって、やはり簡単には折れない連中ばかりだ。

 

 ――そう、この時までは。

 

 この直後、あんな事態が待っているなど、疲れ切った今の自分には想像もしていなかったのだから。

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