風呂から上がり、ギリスケと並んで夕飯を食べに一階の食堂へ向かっていた。
湯冷めしないように羽織ったタオル越しでも、身体の芯がまだぽかぽかと温かい。
「ふー。走るのはしんどいけど、ここの風呂は最高だから、悪くはねーかもな」
「まあな」
湯上がりのせいか、さっきまで延々と愚痴っていたギリスケの機嫌はすっかり回復していた。
無理もない。この学生寮の風呂は、ただの大浴場ではない。
疲労回復はもちろん、傷の治癒促進、魔力の回復補助、さらには肉体の成長をわずかに後押しする効能まで備えている。
もはや温泉施設顔負けの性能だ。最初に説明を聞いた時は「盛りすぎだろ」と思ったが、連日の苛烈な走り込みを考えれば、これくらいの設備がなければ身体がもたないのも事実だ。
実際、今こうして動けているのも、この風呂のおかげと言っていい。
とはいえ、入ったからといって体力が全回復するわけでも、筋肉が一気に隆々と育つわけでもない。そんな万能薬じみたものがあれば、誰も苦労はしない。
あくまで“気休め程度”。
だが、その気休めがなければ、今の訓練は本当に地獄だっただろう。
「今日、何食おっかなー」
ギリスケが、廊下を歩きながら上機嫌に呟く。
「……お前、いつもカツカレー食ってるイメージしかないんだけど。悩む必要あるか?」
「別に俺、三百六十五日カツカレー食ってるわけじゃねーからな!? たまには別のもん食うわ! 勝手に俺を“カツカレーキャラ”にすんなよ!」
「なんだよカツカレーキャラって。そこまで言ってねーし。で、結局何食うんだ?」
「カツカレー」
「……面白くねーな、そのボケ」
「辛辣っ!?」
他愛もないやり取りを交わしながら、一階へと降りていく。
ついさっきまでの重苦しい空気が嘘のように、気分は軽かった。
――その時だった。
「ん?」
ギリスケが、急に足を止めた。
「? どうしたんだ、ギリスケ?」
問いかけると、彼は玄関ホールの方をじっと見つめている。
「……アイツら、何やってんだ?」
その視線を追って、こちらも玄関方面へ目を向けた。
そこには、大きな荷物を抱えた三人の男子生徒がいた。
背負い袋に手提げ鞄、そして妙に嵩張る荷物。まるで、どこかへ“行く”準備をしているように見える。
「……こんな時間に?」
もう夜も深い。
学園の門は間もなく閉まる時間帯だし、外出する理由も思い当たらない。
しかもよく見ると、三人とも一年生だった。
話したことはないが、いつも一緒に行動していた三人組だ。
「おーい! お前ら、こんな時間にどこ行くんだー?」
気になったのだろう。ギリスケが、ためらいなく声を張り上げた。
「ッ!?」
三人は揃って肩を跳ねさせ、こちらを振り返る。
その反応だけで、十分すぎるほど怪しかった。
「お、お前ら……」
視線を泳がせる三人の中で、一人、太っちょの眼鏡をかけた男子が前に出た。
「……お前らには関係ない事だ」
素っ気ない、突き放すような言い方だった。
「関係ないって、もう遅い時間だぞ? 門限も近いしさ。外で用事なら、また今度に――」
「……くんだよ」
「……はっ? 今、なんて?」
小さく呟かれた言葉が聞き取れず、ギリスケが聞き返す。
太っちょ眼鏡は、唇を噛みしめるようにして俯いた。
そして次の瞬間、顔を上げ、苛立ちと決意が入り混じった表情で吐き捨てる。
「……出ていくんだよ。この学園を!」
その一言が、空気を凍りつかせた。