「……学園から出ていくって……マジか?」
ギリスケが、信じられないものを見るような顔で問い返す。
衝撃のあまり、同じ言葉を何度も反芻してしまうのも無理はない。入学して、まだ四日。右も左も分からないうちに、退学という選択を口にするには、あまりにも早すぎる。
「ああ、マジだよ。大マジ」
太っちょの眼鏡が、吐き捨てるように言った。
冗談でも、勢いでもない。その声音には、妙な落ち着きすらあった。
「おいおいおい……まだ一週間も経ってねーぞ?」
「だから、どうしたんだよ?」
「いやいや、一週間も経たずに辞めるのは、さすがに早計だろ」
必死に食い下がるギリスケに対し、太っちょ眼鏡は露骨に舌打ちした。
「ちっ……うるせーな。俺たちはもう決めたんだ。出ていくって。邪魔しないでもらえますか?」
言葉は丁寧だが、態度は明らかに拒絶だった。
説得しようとするギリスケの言葉は、最初から聞く気がない。そんな空気が、はっきりと伝わってくる。
「……なあ」
そこで、今まで黙っていた自分が口を開いた。
「なんで、三人はそこまでして出ていきたいんだ?」
「はあ?」
細身の眼鏡が、不快そうに眉をひそめる。
「だってさ、あれだけ倍率の高い試験を突破して入ったんだぜ? それなのに、一週間もしないうちに辞めるなんて、いくらなんでも――」
「……はあ」
最後まで言い切る前に、細身の眼鏡が深いため息を吐いた。
まるで、「何も分かっていない」とでも言いたげな溜息だった。
「……何か変なこと言ったか?」
戸惑うこちらをよそに、彼は淡々と口を開く。
「私たちは、魔法を学びにこの学園に来たんです」
「……」
「それなのに、毎日毎日、走ってばかり。朝も昼も、基礎体力、基礎体力……正直、もううんざりなんですよ」
確かに、言いたいことは分かる。
自分だって、魔法を学ぶためにここへ来た。入学早々、ここまで走らされるとは思っていなかった。
「それに……」
彼は一度言葉を切り、視線を伏せた。
「彼の魔法を見て、気づいてしまったんです」
「彼?」
「……アラガですよ」
その名前が出た瞬間、胸の奥がひくりと動いた。
「分かったでしょう? 今の学園が求めているのは、ああいう才能なんです。私たちみたいな凡人が、どれだけ努力したところで、彼と同じ場所には一生かかっても辿り着けない」
「……」
「だったら、ここで頑張る意味なんて、ありますか?」
その言葉は、静かで、淡々としていて、だからこそ重かった。
「ッ……そんなことないだろ!」
気がつけば、自分は強い口調で否定していた。
「サ、サダメ?」
ギリスケが驚いたようにこちらを見る。
自分でも驚いていた。なぜ、ここまで感情が揺さぶられているのか。
「確かに、アラガは凄い。化け物みたいな才能だ。でも、だからって、アイツと比べて諦める必要はないだろ?」
「……」
「ここで頑張れば、自分たちの夢が叶うかもしれないんだぞ? それを、たった数日で投げ出していいのかよ?」
自分でも、説教じみている自覚はあった。
けれど、止まらなかった。前世で、諦め続けた自分自身を見ているようで、どうしても黙っていられなかった。
「……お前が、なんでそこまで熱くなってるのかは知らねーよ」
太っちょ眼鏡が、冷めた声で言った。
「でもな、現実は残酷なんだ。俺たちは、それを知っちまっただけだ」
彼は荷物を持ち直し、背を向ける。
「じゃあな」
それだけ言い残し、三人は玄関の向こうへと歩き去っていった。
引き止める言葉は、もう出てこなかった。
――入学して、わずか四日。
三人の生徒は、静かに学園を去った。
残されたのは、どうしようもない無力感と、胸の奥に沈んだ重たい違和感だけだった。
―転生勇者が死ぬまで、残り4095日。