転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第5章ー51

 「……学園から出ていくって……マジか?」

 

 ギリスケが、信じられないものを見るような顔で問い返す。

 衝撃のあまり、同じ言葉を何度も反芻してしまうのも無理はない。入学して、まだ四日。右も左も分からないうちに、退学という選択を口にするには、あまりにも早すぎる。

 

 「ああ、マジだよ。大マジ」

 

 太っちょの眼鏡が、吐き捨てるように言った。

 冗談でも、勢いでもない。その声音には、妙な落ち着きすらあった。

 

 「おいおいおい……まだ一週間も経ってねーぞ?」

 

 「だから、どうしたんだよ?」

 

 「いやいや、一週間も経たずに辞めるのは、さすがに早計だろ」

 

 必死に食い下がるギリスケに対し、太っちょ眼鏡は露骨に舌打ちした。

 

 「ちっ……うるせーな。俺たちはもう決めたんだ。出ていくって。邪魔しないでもらえますか?」

 

 言葉は丁寧だが、態度は明らかに拒絶だった。

 説得しようとするギリスケの言葉は、最初から聞く気がない。そんな空気が、はっきりと伝わってくる。

 

 「……なあ」

 

 そこで、今まで黙っていた自分が口を開いた。

 

 「なんで、三人はそこまでして出ていきたいんだ?」

 

 「はあ?」

 

 細身の眼鏡が、不快そうに眉をひそめる。

 

 「だってさ、あれだけ倍率の高い試験を突破して入ったんだぜ? それなのに、一週間もしないうちに辞めるなんて、いくらなんでも――」

 

 「……はあ」

 

 最後まで言い切る前に、細身の眼鏡が深いため息を吐いた。

 まるで、「何も分かっていない」とでも言いたげな溜息だった。

 

 「……何か変なこと言ったか?」

 

 戸惑うこちらをよそに、彼は淡々と口を開く。

 

 「私たちは、魔法を学びにこの学園に来たんです」

 

 「……」

 

 「それなのに、毎日毎日、走ってばかり。朝も昼も、基礎体力、基礎体力……正直、もううんざりなんですよ」

 

 確かに、言いたいことは分かる。

 自分だって、魔法を学ぶためにここへ来た。入学早々、ここまで走らされるとは思っていなかった。

 

 「それに……」

 

 彼は一度言葉を切り、視線を伏せた。

 

 「彼の魔法を見て、気づいてしまったんです」

 

 「彼?」

 

 「……アラガですよ」

 

 その名前が出た瞬間、胸の奥がひくりと動いた。

 

 「分かったでしょう? 今の学園が求めているのは、ああいう才能なんです。私たちみたいな凡人が、どれだけ努力したところで、彼と同じ場所には一生かかっても辿り着けない」

 

 「……」

 

 「だったら、ここで頑張る意味なんて、ありますか?」

 

 その言葉は、静かで、淡々としていて、だからこそ重かった。

 

 「ッ……そんなことないだろ!」

 

 気がつけば、自分は強い口調で否定していた。

 

 「サ、サダメ?」

 

 ギリスケが驚いたようにこちらを見る。

 自分でも驚いていた。なぜ、ここまで感情が揺さぶられているのか。

 

 「確かに、アラガは凄い。化け物みたいな才能だ。でも、だからって、アイツと比べて諦める必要はないだろ?」

 

 「……」

 

 「ここで頑張れば、自分たちの夢が叶うかもしれないんだぞ? それを、たった数日で投げ出していいのかよ?」

 

 自分でも、説教じみている自覚はあった。

 けれど、止まらなかった。前世で、諦め続けた自分自身を見ているようで、どうしても黙っていられなかった。

 

 「……お前が、なんでそこまで熱くなってるのかは知らねーよ」

 

 太っちょ眼鏡が、冷めた声で言った。

 

 「でもな、現実は残酷なんだ。俺たちは、それを知っちまっただけだ」

 

 彼は荷物を持ち直し、背を向ける。

 

 「じゃあな」

 

 それだけ言い残し、三人は玄関の向こうへと歩き去っていった。

 引き止める言葉は、もう出てこなかった。

 

 ――入学して、わずか四日。

 三人の生徒は、静かに学園を去った。

 

 残されたのは、どうしようもない無力感と、胸の奥に沈んだ重たい違和感だけだった。

 

 ―転生勇者が死ぬまで、残り4095日。

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