「君は別の担当になるから、この場所へ行ってくれないかな?」
教師にそう告げられ、俺は一人、学園の敷地内を移動させられていた。
歩いて五分ほど。人気のない通路を抜けた先には、巨大な倉庫のような建物がいくつも立ち並んでいる。その中の一棟が、どうやら目的地らしい。
「……ここか」
外観だけ見れば、訓練施設か、あるいは資材置き場といったところだ。
半信半疑のまま中へ足を踏み入れると、自動扉が無機質な音を立てて開き、次の瞬間、真っ白な空間が視界に広がった。
壁も床も天井も、徹底的に白。装飾の一切ない殺風景な部屋だ。
正直言って、俺の氷魔法を扱うには少々狭い。ここで授業? 一体、何をするつもりなんだ。
「やあ。よく来たね」
声がして、奥へ視線を向ける。
そこに立っていたのは、青い長髪を後ろに流した男だった。穏やかな笑みを浮かべ、まるで旧知の相手でも迎えるかのように、こちらへ手を振っている。
「……あんたは……」
リーフ・エンドレッド。
この学園の理事長だ。まさか、こんな場所で本人と顔を合わせるとは思っていなかった。
「まさか、あんたが授業をする……ってわけじゃなさそうだな」
「それも悪くないけどね。今日は少し、君と話がしたくてさ」
「話……?」
嫌な予感が、背中を這い上がってくる。
わざわざ別室に呼び出し、理事長と一対一で“話”。どう考えても、ただの世間話ではない。
「君の生まれは、たしかウルヴェドだったね?」
「……それがどうした」
「ウルヴェドは、少し前まではこの国で三番目に栄えていると言われていた街だ。だが、十五年以上前に魔物の大規模侵攻を受け、壊滅した」
「……」
「その後、勇者の活躍によって、一部の子供たちは救出されたと聞いている」
胸の奥が、じわりと熱を帯びる。
「君は今、十五……いや、十六だったかな。時系列的に考えると、街が滅んだ“後”に生まれたことになる」
「……何が言いてえ」
理事長の視線が、俺の右目へと向けられているのが分かった。
値踏みするような、観察するような目だ。
「君の右目から漏れ出している、異質な魔力。私はこれまで多くの村や人間を見てきたが、君のような魔力を持つ者は初めてだ」
――ああ、そういうことか。
こいつは、俺を疑っている。
“奴等の仲間”だと。
その考えに至った瞬間、腹の底から怒りが噴き上がった。
「君はもしかして――」
「おい!!」
気付けば俺は、反射的に魔力を解放していた。
生成した氷柱が、一直線に理事長の眼球を狙う。
「探り入れんなら、それ相応の覚悟しとけよ!!」
氷柱は、理事長の目前で停止する。
殺す気はなかった。だが、あと一歩、感情のタガが外れていれば――確実にやっていた。
「……すまない」
予想に反して、理事長は怯える様子もなく、穏やかな笑みのまま頭を下げた。
「興味本位で踏み込む話ではなかったね。謝罪するよ」
……本当に、底が知れない男だ。
余裕の態度が、逆に癇に障る。
「話は終わりか?」
「うん。呼び出して悪かった。今日はこれで解散だ」
これ以上ここにいたら、本気で手を出しかねない。
俺は舌打ちを一つ残し、部屋を後にした。
この学園には、俺を苛立たせる人間が多すぎる。
理事長も、『あの男』も――。
「……ちっ」
だが、俺の目的を果たすには、もっと強くならなければならない。
そして、その手段があるとするなら――おそらく、この学園しかない。
今は、耐えるしかない。
そう自分に言い聞かせながら、俺はそそくさと歩き出した。