新しい生徒が入ってきてから一週間が過ぎ、新入生たちの初派遣任務の日まで、残り十日と迫っていた。
「はー……今日も疲れたっと」
授業がすべて終わった後、俺は理事長室の来客用ソファーにどっかと腰を下ろし、一服しながら持参した枝豆を肴に酒を引っかけていた。最近のささやかな楽しみは、もっぱらこれだ。
職員室でやると、周囲の教師連中の露骨に不快そうな視線が突き刺さってきて、落ち着いて飲むどころじゃない。だが、ここなら話は別だ。理事長は細かいことを気にしない人間だから、仕事終わりは大体この部屋で過ごすようになっていた。
「っぷはー……やっぱ仕事終わりの一杯は格別だなー」
「そういう台詞は、もう少し真面目に仕事をしてから言ってほしいものだね」
「……あ? 居たんすか?」
不意に背後から声を掛けられ、思わず振り返る。
「今しがただよ」
いつの間にか、理事長が室内に入ってきていた。この人、時々本当に音もなく現れるから油断ならない。まあ、もう何度も経験してるし、今さら驚きはしないが。
「それで? 進捗はどうだい?」
理事長は机の方へ歩きながら、いつもの調子で問いかけてくる。
「進捗もクソもありませんよ。一週間で十人も辞めやがったんですから。最近の若いのは根性なさすぎっすよ」
「……そうか。それは、残念だね」
冗談半分で言ったつもりだったが、理事長の声は少しだけ沈んでいた。本気で堪えているらしい。
「ふー……やっぱ、あの試験失敗だったんじゃないんすか? 今年、まともに授業受けられそうな奴、正直二、三人しか居ないっすよ。このままだと、三年間ずっとランニングだけして終わる奴が出てもおかしくない」
「うーん……そう思いたくはないが」
理事長は自分の椅子に腰を下ろし、静かに続けた。
「現場を見ている君たちの判断は信頼している。今回の選抜は……私の判断ミスだったのかもしれないね」
「……随分、あっさり認めるんすね?」
「事実だからね。一ヶ月も経たないうちに、ここまで生徒が減っている。こればかりは、言い逃れできないよ」
机に肘をつき、遠くを見るような目をする理事長。
まあ、結果だけ見ればそうだろう。学園史上、最悪の滑り出しと言っても過言じゃない。
「……そういや、任務の方はもう決まってるんすか?」
このままだと酒が不味くなりそうだったので、俺は話題を切り替えた。そろそろ、あいつらにも知らせておく必要がある。
「ちょうどいい。君にも確認してもらわないとね」
理事長はそう言って、俺の前のテーブルに四枚の紙を置いた。
任務内容、場所、報酬。
いつも通り、騎士団や各地の村から持ち込まれた依頼を精査したものだ。報酬は学園への寄付扱いになり、それで運営費を賄っている。生徒が無償で授業を受け、寮に住めるのもそのおかげだ。
もっとも、新人向けの任務なんて雀の涙みたいな報酬ばかりだ。学園の懐事情は、完全に赤字だろう。そこをどう回しているのかは……まあ、この人の手腕ってやつだ。
「えーっと……どれどれ……」
紙に目を通していく。
……と、その中の一枚で、俺の手が止まった。
「……これは……」
嫌な予感が、じわりと込み上げてくる。
「……気づいたかな?」
理事長が、静かにそう言った。
内容と状況を照らし合わせれば、一目瞭然だ。
はっきり言って――これは、
「……あいつらには、少々厳しすぎるかもしれないっすね」
初任務としては、あまりにも重い。
胸の奥に、面倒事の気配が渦巻き始めていた。