転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第6章ー2

 「……ふぅ。ようやく静かになったか」

 

 一仕事終えたあとの脱力感に、俺はゆっくりと息を吐き、懐から取り出した煙草に火を点けた。先端が赤く灯り、白い煙が夜気に溶けていく。肺の奥深くまでそれを送り込みながら、背後で未だ続いている光景を、ほんの一瞬だけ振り返る。

 

 もう悲鳴は上がらない。

 あるのは、壊れた呼吸音と、意味を成さない声が断続的に零れ落ちる音だけだ。

 

 ――最初は抵抗していた。

 必死に、必死に。

 

 だが、人間という生き物はつくづく脆い。

 尊厳も、誇りも、未来への想いも、壊れる時は驚くほどあっけない。何か一つ歯車が外れれば、あとは雪崩のように崩れ落ちていく。

 

 俺はそれを知っている。

 いや――正確には、「知るようになった」と言うべきか。

 

 「ホープさーん」

 

 背後から、控えめな声が掛けられる。部下の一人だ。俺の顔を正面から見ることも出来ず、視線は自然と逸れ、背後の惨状に吸い寄せられている。

 

 「例の“ブツ”ですが……どうやら、ここにはもう残ってません」

 

 「……そうか」

 

 短く応じ、煙を吐き出す。白い靄が一瞬、視界を曇らせた。

 最近は少々派手にやりすぎたか。騎士団もようやく本腰を入れ始めたらしい。まあいい。獲物が一つ減ったところで、困ることは何もない。

 

 世界は広い。

 奪うべきものは、いくらでも転がっている。

 

 「終わったら、混ざっていいぞ」

 

 「……っ、いいんすか?」

 

 「好きにしろ。もう戻れねぇところまで落ちてる」

 

 その言葉に、部下は一瞬だけ躊躇い、それから下卑た笑みを浮かべて走り去っていった。

 視界の端で、地面に崩れ落ちている男の姿が映る。虚ろな瞳は何も映していない。そこにあるのは、守れなかった現実と、理解が追いつかない喪失だけだ。

 

 ――ああ、気の毒だ。

 本当に、そう思う。

 

 だが、それがどうした。

 

 俺は“奪う側”だ。

 金も、命も、未来も、希望も。人が必死に守ろうとするものほど、奪った瞬間の表情は滑稽で、そして甘美だ。その歪んだ顔を見るたびに、胸の奥がじんわりと満たされていく。

 

 思い返せば、俺もかつては奪われる側だった。

 夢を見て、信じて、必死に手を伸ばしていた。努力すれば報われると、疑いもせずに。

 

 だが“あいつら”は、そんな俺からすべてを奪った。

 夢も、居場所も、未来も。何一つ残さず、だ。

 

 ――だから、決めたのだ。

 もう二度と、奪われる側には戻らないと。

 

 「ホープさーん!」

 

 別の部下が、少し浮き立った様子で駆け寄ってくる。

 

 「向こうにも、まだ遊べそうなのが一人いるみたいで……」

 

 「……そうか」

 

 口元が、自然と歪むのを止める気はなかった。

 胸の奥に、じわりとした熱が灯るのを感じる。

 

 「なら、行くか」

 

 俺は歩き出す。

 奪うために。

 壊すために。

 そして、奪われた過去を塗り潰すために。

 

 ――俺は、奪い続ける。

 全てを。

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