「……ふぅ。ようやく静かになったか」
一仕事終えたあとの脱力感に、俺はゆっくりと息を吐き、懐から取り出した煙草に火を点けた。先端が赤く灯り、白い煙が夜気に溶けていく。肺の奥深くまでそれを送り込みながら、背後で未だ続いている光景を、ほんの一瞬だけ振り返る。
もう悲鳴は上がらない。
あるのは、壊れた呼吸音と、意味を成さない声が断続的に零れ落ちる音だけだ。
――最初は抵抗していた。
必死に、必死に。
だが、人間という生き物はつくづく脆い。
尊厳も、誇りも、未来への想いも、壊れる時は驚くほどあっけない。何か一つ歯車が外れれば、あとは雪崩のように崩れ落ちていく。
俺はそれを知っている。
いや――正確には、「知るようになった」と言うべきか。
「ホープさーん」
背後から、控えめな声が掛けられる。部下の一人だ。俺の顔を正面から見ることも出来ず、視線は自然と逸れ、背後の惨状に吸い寄せられている。
「例の“ブツ”ですが……どうやら、ここにはもう残ってません」
「……そうか」
短く応じ、煙を吐き出す。白い靄が一瞬、視界を曇らせた。
最近は少々派手にやりすぎたか。騎士団もようやく本腰を入れ始めたらしい。まあいい。獲物が一つ減ったところで、困ることは何もない。
世界は広い。
奪うべきものは、いくらでも転がっている。
「終わったら、混ざっていいぞ」
「……っ、いいんすか?」
「好きにしろ。もう戻れねぇところまで落ちてる」
その言葉に、部下は一瞬だけ躊躇い、それから下卑た笑みを浮かべて走り去っていった。
視界の端で、地面に崩れ落ちている男の姿が映る。虚ろな瞳は何も映していない。そこにあるのは、守れなかった現実と、理解が追いつかない喪失だけだ。
――ああ、気の毒だ。
本当に、そう思う。
だが、それがどうした。
俺は“奪う側”だ。
金も、命も、未来も、希望も。人が必死に守ろうとするものほど、奪った瞬間の表情は滑稽で、そして甘美だ。その歪んだ顔を見るたびに、胸の奥がじんわりと満たされていく。
思い返せば、俺もかつては奪われる側だった。
夢を見て、信じて、必死に手を伸ばしていた。努力すれば報われると、疑いもせずに。
だが“あいつら”は、そんな俺からすべてを奪った。
夢も、居場所も、未来も。何一つ残さず、だ。
――だから、決めたのだ。
もう二度と、奪われる側には戻らないと。
「ホープさーん!」
別の部下が、少し浮き立った様子で駆け寄ってくる。
「向こうにも、まだ遊べそうなのが一人いるみたいで……」
「……そうか」
口元が、自然と歪むのを止める気はなかった。
胸の奥に、じわりとした熱が灯るのを感じる。
「なら、行くか」
俺は歩き出す。
奪うために。
壊すために。
そして、奪われた過去を塗り潰すために。
――俺は、奪い続ける。
全てを。