「……スプラシーズン?」
聞き慣れない単語に、俺とギリスケ、マヒロの三人は同時に首を傾げた。
スプラ、と聞くとどうしても前世の某イカの陣取りゲームが頭をよぎるのだが――いや、今はそれどころではない。
「……おい。お前ら、まさかとは思うが授業中寝たりしてねーだろーなー?」
先生の声色が変わった。
「え゛っ?!」
思わず変な声が出る。
嫌な予感が背筋を走る。
もしかして、今のは授業で既に扱った内容なのか?
――マズい。
朝練の疲れで、何度か意識が飛んでいた記憶が蘇る。横を見ると、ギリスケとマヒロも露骨に視線を逸らしていた。どうやら同罪らしい。
対して、ミオとフィーは特に動揺していない。
なるほど。ちゃんと聞いていたのか。
俺たちは、見事に墓穴を掘ったらしい。
『春生期《スプラ・シーズン》は、魔物が発生しやすくなる時期のことだよ。魔物には大きく分けて二種類いて、季節の変わり目に出現しやすい種と、そうでない種がいるの。春生期は、トレントやスライムみたいな自然発生型が特に増える』
フィーのマスクに文字が浮かび、機械音声が補足する。
「……その通りだ」
先生の険しい表情が、わずかに緩んだ。
助かった。
フィーがいなければ、確実に雷が落ちていた。
「……お前ら三人は、後で補習な」
「「「……はい。すみません」」」
しかし、処分は下った。
補習という名の説教タイムが確定である。
なんでこう、毎回こうなるんだ。
「……話を戻すぞ」
先生は小さく息を吐いた。
「今は春生期。魔物の発生数が増えている。迂闊に集落周辺で作業をすれば、魔物を刺激する可能性がある」
「ならば、拙者が周辺の魔物を一掃すればよいでござる! 生まれたての魔物相手に遅れは取らぬ!」
マヒロが勢いよく立ち上がる。
だが先生は即座に返した。
「その隙に賊に狙われたらどうする?」
「……ッ」
「今回の任務は“処分”だ。戦闘が主目的ではない。なるべく危険を冒さず遂行するのが前提だ」
「でもさ」
今度はギリスケが口を挟む。
「いつどこで現れるかも分からない賊を警戒しつつ、魔物から集落を守って、花を全部処分? 正直、無理ゲーじゃね?」
……確かにその通りだ。
俺も同じことを思っていた。
先生はしばらく黙り込み、やがて口を開いた。
「だから今回は特別に、理事長の許可を得て助っ人を呼ぶ」
「助っ人?」
「騎士団から二名、派遣される予定だ。ただし向こうも多忙だ。任務前日までには到着するらしい」
「……それまでの間は?」
マヒロの声が硬くなる。
焦りと苛立ちが滲んでいた。
先生は一度、大きく息を吸い込み――
煙草に火を点けた。
紫煙がゆらりと立ち上る。
「それまでは、なんとか耐えてもらう」
「なっ!? 何か起きてからでは遅いでござる!」
マヒロが一歩踏み出す。腰の刀に手がかかる。
「ちょ、マヒロ!? 落ち着いて!」
ミオが慌てて腕を掴む。
空気が、張り詰める。
先生の表情は冷たかった。だが、その奥にあるのは無責任さではない。覚悟を決めた者の顔だ。
「拙者一人でも十分でござる! この魔剣・魔妖があれば――」
「人を殺すのか?」
低く、静かな声。
その一言で、空気が凍りついた。
「ッ!?」
今のは魔力の圧ではない。
言葉そのものの重みだ。
教室が完全防音であることを忘れるほど、沈黙が深く落ちた。
先生は煙を吐き、真っ直ぐに俺たちを見る。
「いいか。今から言うことは重要だ。心して聞け」
誰も口を開かない。
先生の顔は、これまで見たことがないほど真剣だった。
「もし賊と戦闘になった場合――」
一拍。
「誰一人、殺すことを許さん」