「ッ!? 殺生を……禁ずる、でござるか!?」
マヒロの声が震える。
「ああ。そうだ」
先生は迷いなく頷いた。
「あやつらは人を殺すのでござろう?」
「それがどうした?」
あまりにも冷静な返答に、空気が張り詰める。
「……分からぬ。違法薬物に手を染め、関係のない人々を襲う極悪人でござるぞ? そのような輩は、斬って然るべきではござらぬか」
真っ直ぐな瞳だった。
迷いのない“正義”。
だが、先生は即座に切り返す。
「『悪人なら何をしてもいい』ってか?」
「ッ!? それは……」
言葉が詰まる。
今の一言の意味を、マヒロ自身が理解してしまったのだろう。
沈黙が落ちる。
先生はゆっくりと煙を吐き、低い声で続けた。
「よく聞け。連中は欲のためなら手段を選ばないクズだ。人殺しもする。事実としてな」
紫煙が揺れる。
「だがな。どれだけ腐っていようと、奴らも“人の子”だ」
その言葉には、怒りも軽蔑もなかった。
ただ、冷たい現実だけがあった。
「人の子である以上、裁くのは人族のルールだ」
「……人族の、ルール?」
「法律だ」
短く、断言する。
「私怨で裁いていいという法律は存在しない。どんな理由があろうと、殺人は罪だ。正義を名乗っても、それは変わらん」
マヒロの拳が震える。
「そんな……」
「勘違いするな。俺は連中を庇ってるわけじゃない。だが、法を無視して私刑を始めた瞬間、お前らも同じ穴の狢だ」
教室の空気が重く沈む。
前世でもそうだった。
どれほど憎むべき相手でも、勝手に裁くことは許されない。
だが、それを“現場”で貫くのは、簡単ではない。
先生はさらに続ける。
「ちなみにだ」
嫌な予感がした。
「この中の誰かが殺しをやった場合――連帯責任で五人全員、退学だ」
「ッ!?」
一斉に息を呑む。
「ちょ、それは厳しすぎじゃ……」
思わず口に出しかけたが、先生の目を見て飲み込んだ。
あれは脅しではない。
本気だ。
「いいか。学園《ウチ》は人を殺すために魔法を教えてるんじゃない」
声が、わずかに強くなる。
「人を助けるためだ」
その一言が、胸に落ちる。
「ここにいる限り、人殺しはご法度だ」
マヒロは俯いたまま動かない。
彼女の中には、武士としての矜持がある。
悪を討つことが正義だという信念。
だが今、それは真正面から否定された。
「魔法は殺すための道具じゃない。救うための手段だ。分かったな?」
「……はい……」
小さく、だがはっきりと頷く。
完全に論破された形だった。
少し気の毒にも思えるが、先生の言葉は間違っていない。
――もっとも。
俺たちは今のところ、魔法の基礎訓練すらまともに受けていない。やっているのは走り込みばかりだが。
「……じゃあ、もし賊と接敵したら、集落の人を逃がしつつ騎士団に任せる感じっすかね?」
ギリスケが恐る恐る尋ねる。
空気を和らげようとしたのか、それとも純粋な疑問か。
だが――
「あ゛あ゛? んなもん俺が知るか。ぶっ殺すぞ!」
「えええええええっ!?」
教室に絶叫が響いた。
ついさっきまで“殺人は絶対禁止”と説いていた人物の発言とは思えない。