「ははは、どうかな? 一瞬で移動できた感想は?」
目の前のソンジさんは、屈託のない笑顔でこちらを見つめている。
成功がよほど嬉しかったのか、それとも自分の反応が面白かったのか。
「うーん……思っていたより驚きはない、というか」
正直な感想を探しながら言葉を選ぶ。
「変な違和感だけが強くて、転移した実感があまり湧かないんですよね。気づいたら終わってた、みたいな」
目を閉じていたせいもあるだろう。
振動が来て、光を感じて、それで終了。
劇的な演出があったわけでもない。
「まあ、まだ試作段階だしね。目を閉じていたら余計に分かりにくいだろうさ。それにこの距離なら、普通に歩いた方が早いし」
肩をすくめるソンジさん。
確かに五メートルでは革命的とは言い難い。
「じゃあ、今度は外で長距離を?」
期待を込めて聞いてみるが、彼女は首を横に振った。
「やりたいのは山々だけど、今はこれが限界だよ。距離が伸びれば伸びるほど必要魔力も増える。そうなると装置側の許容量も上げないといけないし、結果的にサイズも大型化する」
黒いタイルを軽く叩きながら続ける。
「まだまだ課題は山積みだね」
「転移魔法って、そんなに大変なんですね」
もっと手軽なものだと思っていた。
「便利な魔道具を作るっていうのは、案外骨が折れるものさ。前世の世界でいうパソコンやゲーム機は、一定の電力供給で安定して動く。でも魔道具は違う」
彼女の目が、研究者のそれになる。
「魔力は個人差が大きいし、性質も一定じゃない。蓄積して発動させるタイプの装置は特に不安定だ。家電と似ているようで、根本が違う」
「なるほど……」
「特に転移や飛行のような移動系は厄介だね。空間や重力に干渉するから誤差が許されない。電気やガソリンで安定的に物を動かしていた前世の技術は、本当に偉大だと実感するよ」
「魔法の方が万能だと思ってました」
「私も最初はそう思っていた。でも実際は逆さ。魔力には未解明の要素が多すぎる。理論化できていない部分が多いから、再現性を持たせるのが難しい」
「ふーん……」
感心しつつも、どこか遠い話のようにも感じる。
魔法と魔力。
この世界は便利そうに見えて、実際は未知の塊だ。
恐らく、自分たちの世代だけでは解明しきれないほどの謎が眠っているのだろう。
しばらく雑談を交わした後、時計に目をやる。
「じゃあ、俺そろそろ帰りますね」
「もう帰っちゃうのかい?」
少し不満げな声。
「用は済みましたし。ソンジさんも忙しそうですし、今日はこの辺で」
すると彼女は、急に両手を頬に当て、声色を変えた。
「え~? おにいちゃんが一緒にいてくれないと、ソンジいや~!」
「はいはい、お疲れさまでした」
背を向けて歩き出す。
「ちょ、ちょっと! もう少し付き合ってくれてもいいだろ!? いけず! ケチ! 巨乳好きー!」
「誰が巨乳好きだ!?」
思わず振り返って反論してしまった自分が悔しい。
彼女はけらけらと笑っている。
結局、数分ほど引き止められたが、なんとか研究室を脱出。
廊下を抜け、寮へと戻る。
――転移装置。
まだ試作段階だが、確かな一歩だ。
学園の未来は、少しずつ変わり始めているのかもしれない。
そして、その未来のどこかで。
自分の役割もまた、静かに形を成し始めている。
夜風に当たりながら、ふと空を見上げた。
―転生勇者が死ぬまで、残り4090日。