「それじゃあ、まずはこれから試してみてくれるかな?」
ソンジさんが差し出したのは、改良版と書かれた木刀だった。
「うむ。まずは魔力を流さず、素振りで感触を確かめればよいのでござるな」
「その通り。安全確認は大事だからね」
「はあ……はあ……」
――なぜだろう。
まだ何も始まっていないのに、すでに自分だけが消耗している。
マヒロをなだめ、脱ぎ出そうとするのを止め、誤解を解き、ようやく本題に入ったはずなのだが。今日の自分の役割はほぼ“同伴者”のはずなのに、体力だけは確実に削られている。
「ふっ! はあっ!!」
鋭い気合いとともに、マヒロが素振りを始める。
白布で胸元を固めた軽装姿。自主練ではこの格好が動きやすいらしい。理屈は分かるが、なぜ毎回そこまで思い切る必要があるのかは未だに謎だ。
どうして自分の周囲の女子は、こうも躊躇なく軽装になるのだろうか。
しかも自分の目の前で。
「ふむふむ……」
その様子を観察していたソンジさんが、顎に手を当てる。
「素人目でも分かるよ。迫力が違う。素振りなのに空気が震えているみたいだ。さすが“魔剣”の使い手、といったところかな」
確かに。
ただ振っているだけのはずなのに、圧がある。
木刀が空気を裂くたび、ひゅん、と鋭い風切り音が鳴る。剣道の試合を間近で見ているような錯覚さえ覚える。
「ふう……とりあえず、この辺りで良いでござるか?」
軽く汗を拭いながら、マヒロが木刀を構え直す。
「ありがとう。で、どうかな? 昨日渡した物より、刀身を少し短くしてみたんだけど」
「うーむ……」
数度握り直し、重心を確かめる。
「確かに短くなった気はする。しかし、素人が扱うにはまだ少々長いでござるな。重心が前に寄りすぎておる。振り下ろした際に余計な力が必要になるでござる」
「なるほど……重さ配分か」
ソンジさんはすぐさまメモを取り始める。
「じゃあ、こっちはどうだろう?」
新たな一本を手渡す。
いつの間にか、二人は完全に研究モードに入っていた。
自分だけがぽつんと取り残されている感覚だが、不思議と悪い気はしない。剣術の実戦家と、魔道具の研究者。方向性は違えど、物作りに真剣な者同士、波長が合うのだろう。
「ふんっ! はあっ!!」
再び素振り。
今度は、ぶわりと空気が巻いた。
「おっ、今すごい風きたんだけど。今の、結構いい感じじゃない?」
「うむ。刀身の長さはちょうど良い気がする。しかし、柄が少々太いでござるな。握った時に違和感がある」
「あー、それね。魔力許容量《キャパ》を落とさないように内部構造を詰め込んだから、どうしても厚みが出ちゃって」
「ふむ。魔力の容量を維持しつつ細くすることはできぬのか?」
「理論上は可能だけど、強度が落ちる。スタンガン式だから内部回路が繊細なんだよ」
そんな専門的なやり取りが自然に続く。
気づけば、窓の外は夕焼けに染まり始めていた。
一本、また一本と試作品を振り、意見を交わし、改良点を洗い出す。気づけば床には木刀が何本も並び、机の上は図面とメモで埋まっている。
結局、試作会は日が落ちるまで続いた。
「今日はこの辺にしておこうか」
ソンジさんが伸びをする。
「うむ。だいぶ方向性は見えてきたでござる」
任務まで、残りおよそ一週間。
このスタンガン式木刀が完成すれば、戦術の幅は確実に広がるはずだ。非殺傷で相手を制圧できる手段は大きい。
だが同時に、自分の中には別の焦りもある。
任務が始まる前に、達成すべき目標がある。
それを果たせなければ――。
窓の外に沈む夕日を見ながら、無意識に拳を握った。
――転生勇者が死ぬまで、残り4089日。