「……ダメ、サダメ?」
「ッ!? あれ? 俺、ひょっとして寝てた?」
耳元で名前を呼ばれ、はっとして目を開ける。視界に入ってきたのは、こちらを覗き込むミオの顔だった。
「うん。後ろにもたれてたら、急にうたた寝してたよ」
「マジか。わりぃ」
慌てて姿勢を正しながら頭をかく。どうやら自分は、知らないうちに眠ってしまっていたらしい。
『着く手前だったから大丈夫だよ。マヒロちゃんが見張りしててくれたみたいだし』
横からフィーがフォローを入れてくれる。
「そっか。ありがとう、マヒロ」
礼を言うと、マヒロはいつもの落ち着いた様子で軽く頷いた。
「気にせぬで良い。サダメは他の者たちの倍は頑張っていたようでござるし、無理せずもう少し休まれよ」
「いや、もう大丈夫。あんま寝すぎると、いざって時に体が動かなくなるしな」
そう言って肩を回す。眠気はもうほとんど残っていない。
『……そんなことお構いなしに寝てる人いるけどね』
「……こいつ……」
フィーの言葉に視線を向けると、そこには見事に眠りこけている男子二人の姿があった。
そのうちの一人――ギリスケに至っては、座席に横になって完全に熟睡している。しかも気持ちよさそうに寝息まで立てていた。
……自分が言うのもなんだが、よくこの状況でそんなにぐっすり眠れるものだ。もうすぐ任務だというのに。
呆れてため息をつきかけた、その時だった。
「あ、あのー……もう少しでレルトに着くんですけどー……」
馬車の側面にある小窓から、御者の人が恐る恐る声をかけてきた。
「? どうかしたんですか?」
ミオが首をかしげて尋ねる。
しかし御者の人は、どこか困ったような表情を浮かべていた。
「いえー、その……集落の方から、何やら煙が立っておりまして……」
「?? こんな時間帯に?」
「はい。向こうの方を見てください」
そう言って御者の人は、遠くを指さした。
つられて視線を向ける。
すると確かに、遠くの空に黒い煙がゆっくりと立ち上っているのが見えた。
モクモクと、空へ向かって広がっている。
おかしい。
今はまだ昼頃のはずだ。こんな時間から大きな火を使うような作業をするとは思えない。仮に鍛冶屋でもあるなら別だが、それでも煙の量が明らかに多すぎる。
それに――
鼻をかすめる、かすかな焦げ臭さ。
煙の匂いが、風に乗ってこちらまで届いてきている気がした。
「……」
胸の奥に、嫌な感覚が広がる。
嫌な予感だ。
煙突から上がる煙なんて量じゃない。これはもっと……大きな何かが燃えているような煙だ。
「……サダメ?」
ミオの声が聞こえる。
だが、頭の中では別の思考がぐるぐると回っていた。
どうする。
集落まではもうすぐだ。
しかし今のところ、賊らしき人影は一人も見えていない。
こういう場合でも、応援を呼んでいいのだろうか。
まだ早いかもしれない。
もう少し様子を見るべきか?
それとも――
「サダメ!?」
「ッ!?」
突然、耳元で大きな声が響いた。
ミオがこちらを心配そうに見ている。
その声で、ようやく思考の渦から引き戻された。
……危なかった。
このまま悩み続けていたら、判断が遅れていたかもしれない。そうなれば、取り返しのつかない事態になっていた可能性だってある。
今は迷っている場合じゃない。
もし判断ミスだったとしても――その責任は自分が取ればいい。
「皆、よく聞いてくれ」
胸ポケットに手を入れる。
先生から渡された魔道具――応援用のブザーを取り出した。
「今からこのブザーで応援を――」
「もーらいー!」
「なっ!?」
その瞬間だった。
自分の手の中にあったはずのブザーが、ふわりと宙に浮いた。
まるで見えない手に引っ張られたかのように、ゆっくりと馬車の出入り口の方へ移動していく。
しかも――
今、誰か喋らなかったか?
一体どういうことだ?
頭に疑問符が浮かんでいると、馬車の出入り口のところに一人の男が立っているのが見えた。
いつの間にそこにいたのか分からない。
だが、男の手には――
先ほどまで自分が持っていたはずのブザーが握られていた。