転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第6章ー28

 気づいた時には、すでに遅かった。

 

 金髪で目つきの悪い男が、いつの間にか馬車の中に立っていたのだ。しかも、その手には――ついさっきまで自分が握っていたはずのブザーがある。

 

 何が起こったのか理解できず、思考が一瞬完全に停止した。

 

 頭が真っ白になる。

 

 だが、その沈黙を破ったのはマヒロだった。

 

 「何奴でござるか? いつ頃からこの馬車に侵入したでござるか?」

 

 マヒロは鋭い視線を男へ向けながら問い詰める。

 

 「拙者、先程まで見張りをしておったが、まったく気配を感じなかったでござるが」

 

 その言葉で、ようやく思考が動き出した。

 

 ……そうだ。マヒロはさっきまで見張りをしていたはずだ。それなのに、この男の存在にまったく気づけなかったらしい。

 

 こんな狭い馬車の中で、気配を悟られず侵入するなど普通は不可能だ。何か魔法か、特殊な道具でも使ったのか。

 

 「はっはっはっは。さて、いつ頃だろうねー?」

 

 男は軽薄そうな笑みを浮かべながら、適当な調子で答えた。

 

 その態度に、マヒロの眉がぴくりと動く。

 

 「……その手に持っている物を返されよ」

 

 言いながら、マヒロは腰の刀――雷電に手をかけた。

 

 まだ抜刀こそしていないが、明らかに戦闘態勢だ。今は警告に留めているものの、相手の返答次第ではいつでも斬りかかる覚悟だろう。

 

 「返すー?」

 

 男はわざとらしく首をかしげる。

 

 「はは。折角苦労していいもん奪ったのに、返すわけねーだろ?」

 

 「何?」

 

 マヒロの声が低くなる。

 

 だが男は気にした様子もなく、指先でブザーをくるくる回した。

 

 「それに、これで応援を呼ぶつもりだったんだろ?」

 

 「ッ!? なんでそのことを……」

 

 思わず声が漏れる。

 

 このブザーが応援要請用の魔道具だということは、ついさっきのミーティングで聞いたばかりだ。外部の人間が知っているはずがない。

 

 どうやってその情報を知った?

 

 まさか――作戦会議の時点から、この馬車に潜んでいたのか?

 

 いや、そんなはずはない。

 

 もしそうなら、かなり長時間この空間にいたことになる。その間、誰一人として気づかなかったなどあり得ない。

 

 ……いや、待て。

 

 そこで、ふとある記憶がよみがえった。

 

 ミーティングの時、先生が注意していた“厄介な魔道具”の話。

 

 「……いや、もしかしてそのマント……」

 

 「おっ、気づいちゃった?」

 

 男の口元がニヤリと歪む。

 

 薄緑色のマント。

 

 そして、やや大きめのブーツ。

 

 記憶が繋がった。

 

 「完全に姿を消すマントと、足音を殺すブーツ……闇取引で出回ってる魔道具か」

 

 「はっはっはっは。せ~か~い」

 

 男は楽しそうに笑った。

 

 どうやら図星らしい。

 

 まさか、本当にそれを使っている奴に出くわすとは思わなかった。しかも、姿を消すマントと無音のブーツを組み合わせて、完全に気配を断っていたのだ。

 

 ……こいつ、かなり手慣れている。

 

 「くそ、それを返せ!」

 

 考えている余裕はない。

 

 ブザーを奪われたままでは応援が呼べない。焦りに駆られ、思わず男へ飛びかかった。

 

 「返さぬのなら、成敗致す!」

 

 同時に、マヒロも雷電を抜き放ち、一直線に男へ突進する。

 

 だが――

 

 「んじゃ、そろそろ“あの場所”に着きそうだし、俺はこれにて失礼するよ」

 

 「ッ!?」

 

 自分たちが男に迫った、その瞬間だった。

 

 男は左腕に巻きつけていた奇妙な装置を作動させた。

 

 巻き取り機のような装置から、勢いよくロープが射出される。

 

 ロープは後方の木の枝へと飛び、器用に絡みついた。

 

 「それじゃあな、ガキども」

 

 次の瞬間、男はそのまま馬車から飛び降りた。

 

 ロープに引かれるようにして、あっという間に距離が開く。

 

 地面へ着地した男は、こちらを挑発するように軽く手を振った。

 

 そして――

 

 ふっと姿が消えた。

 

 おそらく、再びマントの力を使ったのだろう。

 

 ……あのマント、想像以上に厄介だ。

 

 「う、うわあぁぁぁぁ!?」

 

 「おわっ!?」

 

 男が消えた直後、今度は別の異変が起こった。

 

 自分たちが乗っている馬車が、突然大きく揺れ始めたのだ。

 

 馬車を引いていた魔導馬が、何かに驚いたように激しく暴れ出している。

 

 車体が上下に跳ね、まともに立っていられない。

 

 まずい。

 

 このままでは振り落とされる。

 

 「くっそ! さっきからマジでなんなんだ……!」

 

 必死に座席へしがみつきながら、思わず悪態が口をつく。

 

 その瞬間だった。

 

 ――眩い光。

 

 自分たちの乗る馬車の真下から、強烈な光が溢れ出した。

 

 次の瞬間。

 

 耳をつんざくような轟音とともに――

 

 激しい大爆発が起こった。

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