そこにあったのは、あまりにも凄惨な光景だった。
いくつも建っていたはずの家々は無残に崩れ、原形を留めていない。つい先ほどまで、穏やかな日常が営まれていたであろう場所――レルトの人々の姿は、どこにも見当たらなかった。
学園からの依頼で、この集落の護衛に当たっていたはずの騎士団の姿すらない。
目に映るのは、焦げつくような黒煙と、辺り一面に散乱した建物の残骸だけ。
まるで、この一帯だけが災害にでも襲われたかのように、徹底的に破壊し尽くされていた。
「……なんだよ、これ……」
思わず言葉が漏れる。
人が暮らすには十分すぎるほど開けた土地。周囲には、魔物対策として植えられているタリスターの花が点在している。地図で確認した限り、近隣に他の集落はない。
――ならば、ここがレルトであることは、ほぼ間違いない。
それにしても、あまりにも酷い。
胸の奥がざわつき、吐き気にも似た不快感が込み上げてくる。視界に入るすべてが異様で、現実感が薄れていく。
見渡しても、人の気配は一切ない。
その代わりに、どこからともなく漂ってくる――血の臭い。
「……っ」
思わず息を詰める。
住民たちはどこかへ避難したのか。それとも――
最悪の想像を振り払うように、頭を振る。
「……あのー! 誰かいませんかー!!」
声を張り上げ、周囲に呼びかける。
返事は、ない。
それでも諦めず、瓦礫の間や建物の残骸の影を確認しながら、周囲の捜索を続ける。
「すみませーん! ソワレル魔法学園から依頼を受けて来ました! どなたか怪我をされている方はいませんかー!!」
自分が敵ではないと示すため、あえて所属を明かす。
だが――
やはり、反応はない。
「……おかしい」
小さく呟く。
念のため魔力感知を行うが、引っかかる気配は一つもない。完全な無人。いや、それ以上に“何も残っていない”ような違和感。
たとえ警戒して隠れていたとしても、魔力の気配まで完全に遮断するなど、一般人にできる芸当ではない。
胸の奥に、不穏な感覚が広がっていく。
その違和感を確かめるように、草むらへと足を踏み入れた、その時だった。
「……?」
足裏に、妙な感触が伝わる。
ぬめりを帯びた、不快な感触。
水たまりか――それとも泥か。
いや、違う。
嫌な予感に突き動かされるように、ゆっくりと足元へ視線を落とす。
「ッ!?」
そこにあったのは――血だまりだった。
広がり方は水たまりのようだが、その色は紛れもなく深い赤。しかも、その量は明らかに異常だった。
軽傷どころの話ではない。重傷ですら説明がつかないほどの出血量。
これだけの血を失えば、人は動くことすらできない。
――いや、そもそも生きていられない。
「う゛っ……!?」
瞬間、胃の奥が強く反応した。
視界が揺れ、吐き気が一気に込み上げてくる。
「っ、ふー……ふー……」
咄嗟に口元を押さえ、必死にそれを堪える。呼吸を整えようとしても、うまくいかない。
これほどの血を見るのは、久しぶりだった。
――脳裏に蘇る、あの光景。
ドレーカ村が襲われた、あの日。
焼けた匂い、血の臭い、崩れた家々――
「……っ、違う……!」
首を振り、無理やり思考を切り替える。
今はあの時とは違う。ここで取り乱している場合じゃない。冷静になれ。状況を見極めろ。
「アレー? キミー、ここになにか用かな?」
「ッ!?」
不意に、背後から声がかけられた。
全身に緊張が走る。
――人の声?
だが、おかしい。
ついさっきまで、周囲には気配など一切なかったはずだ。魔力感知にも、何も引っかからなかった。
――いつから、そこにいた?
「……ふー……」
荒れた呼吸をなんとか整えながら、ゆっくりと振り返る。
「……あんた、何者だ?」
視線の先に立っていたのは、茶髪の男。
どこか余裕を感じさせる立ち姿で、不敵な笑みを浮かべていた。
その存在だけが、この異様な空間の中で、妙に“浮いて”見えた。