「ほら、もう少しだから我慢して」
「うっ、ううっ……」
しばらく意識を失っていたらしい。
気がつくと、自分はミオの膝枕の上で治療を受けていた。
周囲を見渡すと、他の皆はすでに眠りについている。
ミオの声がはっきり聞こえるほど、空気は静まり返っていた。
……そういえば、膝枕なんていつぶりだろう。
母に耳かきをしてもらっていた頃は、よくこうして膝に頭を乗せていた。
母の膝は柔らかくて温かかった。
ミオの膝は小さいのに、妙にフィットして心地いい。
――いや、本音を言えば。
どうせ膝枕されるなら、二十代のセクシーなお姉さんが最高なんだが。
……命の危機に瀕している少年が考えることではないが、現実逃避にはちょうどいい。
「……ねえ、サダメ」
「ん?」
ミオが、少し弱った声で話しかけてくる。
さっきまで強気だった彼女の表情は、どこか寂しげだった。
「私たち……いつまで、こんな生活続けるのかな?」
「……」
言葉が、すぐには出なかった。
彼女の不安は痛いほどわかる。
こんな地獄みたいな奴隷生活。
今すぐ逃げ出したいのは、自分も、ミオも、ここにいる全員同じだ。
だが――現実はあまりに厳しい。
夜になれば、奴が生み出したゴーレムが見張りとして配置される。
見つかれば即処刑。
実際、以前ひとりの勇敢な少年が脱出を試みた。
だがゴーレムに発見され、あっさり殺された。
あの日の悲鳴。
翌朝、無残な遺体を見たときの衝撃。
それは皆の記憶に焼き付いて離れない。
さらに、村全体を覆う魔障結界。
結界から漏れる魔障は体力を削り、気力すら奪っていく。
逃げる以前に、立ち上がる元気すら奪われる。
――薄々、皆わかっている。
自分たちは、助からないかもしれない。
それでも。
唯一、希望だけは残っていた。
「……大丈夫。きっと勇者が助けに来てくれる」
勇者。
魔王を討つために選ばれた特別な存在。
魔王軍に脅かされる人々を救うのも使命だと、父から聞いたことがある。
噂では、十死怪と互角以上に戦える実力者だとか。
もしそれが本当なら――
父を殺したあの化け物も、きっと倒してくれる。
今の自分たちにとって、
まだ見ぬ勇者だけが、唯一の光だった。
……もっとも、
本当に来てくれるのかは半信半疑だが。
それでも縋らずにはいられない。
誰も死にたいわけじゃない。
救いがあると信じなければ、生き延びる意味すら見失う。
それほどまでに、今の状況は過酷だった。
「……うん、そうだよね……」
ミオは頷いた。
だが、膝の上に添えられた彼女の手が、わずかに震えている。
彼女も不安なのだ。
明日、生きていられる保証などどこにもない。
だからこそ――
ここで希望を失わせるわけにはいかない。
一人が諦めれば、それは連鎖する。
皆、生きる気力を失ってしまう。
誰も「死にたい」と口にしない。
喉元まで上がった言葉を、必死で飲み込んでいるのだ。
「そ、そろそろいいだろ。明日も早いし、寝ようぜ」
「……うん、そうだね」
少し気まずくなりかけた空気を、自分が無理やり切り替える。
ミオもそれを察し、治療を止めた。
痛みはかなり引いている。
今夜は、久しぶりに眠れそうだった。
「それじゃ、おやすみ。ミオ」
「うん。おやすみなさい、サダメ」
挨拶を交わし、目を閉じる。
ミオの治療のおかげか、いつもより寝つきがいい。
気づけば、あっという間に深い眠りに落ちていた。
まるで、柔らかなベッドに包まれているかのような心地よさ。
こんな安らかな眠りは、いつぶりだろう。
心の中で、そっと彼女に感謝しながら――
その温かな闇に身を委ねた。
――転生勇者が死ぬまで、残り7804日。