あれは魔道具……なのか?
一見すると、ただの白い棒にしか見えない。装飾も刻印もなく、あまりにも無機質だ。
――あんなもので、一体何をするつもりだ?
警戒を強めながら様子を窺っていると、ホープがゆっくりと口を開いた。
「なあ、なんで俺たちがタリスターの花を狙ってるか、分かるか?」
「……魔薬《マラック》だからだろ?」
「そうだ。だがな、魔薬ってのは――ただの薬じゃねぇんだよ」
その言い方に、わずかな違和感を覚える。
「依存性があるだけじゃないのか? ドラッグみたいに、多幸感を与える類のものだろう?」
そう返すと、ホープは鼻で笑った。
「ははっ。どうやら学園じゃ、まともな“薬の使い道”は教えてくれねぇみてぇだな」
「……何?」
挑発するような口ぶりに、眉をひそめる。
だが、それ以上に――嫌な予感が強まっていく。
この状況でなお余裕を崩さない態度。追い詰められているはずなのに、どこか確信めいたものを感じさせる。
――何かある。
そう直感しながらも、思わず言葉を続けてしまう。
「……だったら、何なんだ?」
本来なら、今すぐにでも追撃を入れて気絶させ、拘束するべき場面だ。
それなのに――
なぜか、奴の言葉の続きを聞かずにはいられなかった。
「魔薬はなぁ……快楽を与えるだけの代物じゃねぇ」
ホープは、手にした白い棒をひらひらと揺らしながら言う。
「こいつを直接、体に打ち込むことで――一時的に魔力量が増える。ついでに魔法の威力も底上げされるんだよ。こういう風になぁ!」
「ッ?!」
言うが早いか、ホープはその白い棒――注射器のようなそれを、自身の首元へと押し当てた。
やはり、あれは投与用の器具か。
――まずい。
止めなければ、と身体が動くより先に、
「こいつの中身は、タリスターの花から抽出した成分を液体化したもんだ。一発キメりゃあ、才能のねぇ俺らでもよ……馬鹿みてぇに強くなれるんだぜぇ!」
狂気じみた笑みとともに、針が皮膚へと突き刺さる。
「最高だろぉ!?」
「くっ……!」
止める間もなかった。
薬液が体内へと送り込まれた瞬間、ホープの身体がびくりと震える。
次の瞬間――
「はぁ……はぁ……!」
倒れていたはずの身体が、ゆっくりと起き上がる。
その様子は、まるで別人のようだった。
「……魔力が……増えてる?」
肌で感じる圧が、明らかに先ほどまでとは違う。
嫌な予感が、確信へと変わる。
「はぁ……これ、使うと後で頭痛がひでぇんだよなぁ。本当は一日に二回も使いたくねぇんだが……」
「二回……? まさか――騎士団や集落の人たちを襲った時に、もう一度使っていたのか?」
問いかけると、ホープは口元を歪めた。
「ああ、そうだよ。相手が精鋭の騎士団様だったからな。出し惜しみなんてしてられなかったんだよ」
その言葉に、背筋が冷える。
「それに比べりゃあ、お前らみてぇな学園のガキは……使わなくてもどうにかなると思ってたんだがな」
「……」
完全に見誤っていた、というわけか。
「だが――考えが甘かった」
ホープの目が、明確な殺意を帯びる。
先ほどまでの“遊び”とは違う。
今度は、本気で殺しに来る。
「今度は本気だ。跡形もなく消してやるよ……!」
空気が変わる。
重く、圧し潰されるような殺気が、場を満たした。
「深淵の虚空で、万物を喰らい尽くせ――」
ホープが低く呟き、手をかざす。
「【
「「ッ?!」」
次の瞬間、目の前の空間が歪む。
そして――現れたのは、先ほどの黒球とは比べものにならないほど巨大な球体だった。
直径は、これまでの十倍以上。
闇そのものを凝縮したかのような、圧倒的な存在感。
それはただそこにあるだけで、周囲の空間を歪め、すべてを呑み込もうとするかのように蠢いていた。