転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第6章ー57

 「グルルルルルルルルルルルルルルッ!!!」

 

 「ひいっ!?」

 

 喉の奥を震わせるような低い唸り声が、空気を震わせた。

 

 俺は思わず肩をすくめ、情けない悲鳴を漏らす。

 

 「ふむ……多少痛めつければ逃げ帰るかとも思ったが、どうやらその程度で引く相手ではなさそうだね」

 

 俺がリーフの手を借りてようやく立ち上がると、魔物は再び威嚇の唸りを上げた。鉄壁の防壁越しであっても、その攻撃性はひしひしと伝わってくる。全身を押し潰されるような圧に、思わず身が竦んだ。

 

 だが――

 

 目の前に立つリーフという男は、驚くほど落ち着いていた。

 

 この巨大な壁を一瞬で創り出したのも、間違いなく彼の魔法だろう。これほどの魔法を扱える人間が、ただの旅行者のはずがない。

 

 疑問はいくつも浮かぶ。

 

 だが今は、それどころではなかった。

 

 「それじゃあ……この一撃で終わりにしようか」

 

 「ッ!?」

 

 軽い調子でそう言うと、リーフは何の躊躇いもなく魔法を解除した。

 

 次の瞬間、鉄壁の防壁は霧散するように消え去る。

 

 無防備になるはずの状況。それでも彼の背中には一切の隙がなかった。

 

 不思議と、震えが収まっていく。

 

 ――この人なら、大丈夫だ。

 

 そんな確信にも似た安心感が、胸の奥に芽生えていた。

 

 「創造せよ。敵を穿つ無数の真槍を――【飛槍限《フライスピット》】」

 

 リーフが手のひらを前へ突き出し、静かに詠唱を紡ぐ。

 

 その瞬間――

 

 空間が歪んだ。

 

 何もなかったはずの空中に、次々と“槍”が生まれていく。

 

 一本や二本ではない。

 

 数え切れないほどの槍が、彼の周囲に浮かび上がっていた。

 

 「なっ……」

 

 言葉を失う。

 

 壁を創り出すだけでも異常なのに、今度は武器の生成。

 

 こんな魔法、見たことも聞いたこともない。

 

 「グッ、ガアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 次の瞬間、無数の槍が一斉に放たれた。

 

 まるで豪雨のように降り注ぐそれらは、逃げ場を一切与えない。

 

 魔物の巨体が、瞬く間に貫かれていく。

 

 肉を裂き、骨を砕き、血を撒き散らしながら――

 

 わずか数秒。

 

 それだけで、決着はついた。

 

 「よし……こんなところかな」

 

 リーフが軽く息を吐く。

 

 その足元には、全身を穴だらけにされ、血を噴き出しながら倒れ伏す【飢えた大狼】の死骸があった。

 

 ぴくりとも動かない。

 

 完全な絶命。

 

 姉が必死に抑え込むのがやっとだった相手を、まるで虫でも払うかのように――

 

 圧倒的だった。

 

 「……」

 

 何も言えなかった。

 

 ただ、その光景に呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 

 「さて……周囲に他の魔物はいなさそうだね。君、怪我はないかい?」

 

 「あっ、は、はい!?」

 

 優しく声をかけられて、ようやく我に返る。

 

 言葉がうまく出てこない。喉が張り付いたように動かない。

 

 「とりあえず、ここは危険だ。一度山を――」

 

 「あ、あの!」

 

 「ん?」

 

 引き留めるように声を上げる。

 

 震える声で、それでも必死に言葉を絞り出した。

 

 「……姉が、まだ……」

 

 その一言で、すべてを察したのだろう。

 

 リーフは一瞬だけ目を伏せ――静かに頷いた。

 

 

 

 「はあ……はあ……はあ……」

 

 事情を説明し、了承を得た俺は、リーフとともに再び山を登っていた。

 

 足は重い。

 

 それでも止まれない。

 

 魔物に襲われた可能性は高い。

 

 それでも――

 

 まだ、間に合うかもしれない。

 

 そんな淡い期待が、心のどこかに残っていた。

 

 分かっている。

 

 あの状況で、無事なはずがないことくらい。

 

 それでも信じたかった。

 

 ほんのわずかな可能性でも、すがりついていたかった。

 

 「……はあ……はあ……ね、姉ちゃん……?」

 

 息を切らしながら、俺は呼びかける。

 

 そして――

 

 辿り着いたその場所で、現実を突きつけられた。

 

 折れた木々が、あちこちに散乱している。

 

 激しい戦闘の痕跡。

 

 そして、その中心に――

 

 姉が、いた。

 

 腹は無惨に食い千切られ、内臓が露出している。

 

 首はあらぬ方向へとねじ曲がり、もはや人の形を保っていない。

 

 「――」

 

 声が、出なかった。

 

 頭の中が、真っ白になる。

 

 理解が、追いつかない。

 

 目の前にあるのは、紛れもない現実のはずなのに――

 

 それを、現実として認識することができなかった。

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