学園に入学してから、一ヶ月ほどが過ぎた頃だった。
その日は、俺にとって初めての任務だった。
任務は基本、五人一組で行動することになっている。
だが入学して間もない俺には、まだ親しい友人と呼べる相手はいなかった。人と関わるのも得意ではなく、自然と周囲から距離を置かれていた俺は、既に四人で固まっていた班に“余り物”として組み込まれることになった。
その四人は、同じ村の出身らしい。
入学前からの知り合いで、気心も知れているようだった。
本来は五人で試験を受けたらしいが――一人だけ、不合格になったという。
「いやあ、あいつマジで顔真っ青にしてさ――」
「泣きそうになってたよな、あれ」
道中、その話を面白おかしく語る彼らの声が耳に入る。
笑い話のように語られていた。
俺は、ただ曖昧に笑うことしかできなかった。
その時はまだ、ただの温度差だと思っていた。
――だが。
初任務を無事に終え、帰りの馬車に揺られていた時。
その認識は、あっさりと覆される。
「あー……すいません。ちょっとトイレ行きたいんすけど」
リーダー格の男が、御者に声をかけた。
御者は困ったように眉をひそめる。
周囲は見渡す限り、草木ばかりの道。
仮にも魔法学園の生徒が道端で用を足しているところを見られれば、体裁が悪いのだろう。
それでも、男の様子が限界に見えたのか、やむなく馬車を止めた。
「ほら、お前も来いよ」
「えっ……いや、俺は別に――」
「いいからいいから。連れションくらい付き合えって」
軽い調子で腕を掴まれる。
断る間もなく、半ば強引に馬車の外へ引きずり出された。
他の三人も、当然のように後に続く。
――その時。
ほんの僅かに、違和感があった。
だが。
皆が同じように行動している以上、俺一人だけ逆らうことはできなかった。
空気を乱す勇気も、なかった。
――次の瞬間だった。
「おらぁっ!!」
「がはっ?!」
腹に、強烈な衝撃。
何が起きたのか理解するより先に、俺の身体は地面に叩きつけられていた。
息が詰まり、視界が揺れる。
「な、に……?」
言葉にならない声が漏れる。
その間にも、拳が、蹴りが、容赦なく降り注いだ。
顔面を殴られ、腹を蹴られ、立ち上がろうとすれば突き飛ばされる。
抵抗する暇すら与えられない、一方的な暴力。
「ったくよぉ……なんでお前みたいな無能が入学できんだよ」
「どんだけ金積んだんだ?」
「げほっ……ち、違う……俺は、ちゃんと試験を……!」
言い返そうとするが、そのたびに衝撃が身体を貫く。
「嘘吐けよ! あんなショボい魔法でどうやって受かるんだよ?!」
「がっ……たしかに……魔法の才能は、ないかもしれない……でも、その分……!」
息も絶え絶えに、言葉を繋ぐ。
「身体、鍛えて……剣も……」
「はっ、笑わせんな」
冷たい声が降ってきた。
「ここは魔法学園だぞ? 魔法が使えねえ奴に価値なんかあるわけねーだろ」
「ぐはっ?!」
再び蹴り飛ばされる。
土の味が口の中に広がる。
「だったらなんだ? そんなに鍛えてんならよぉ」
男は俺の髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。
「なんで俺たちにボコられてんだよ」
「ほら、抵抗してみろよ。できるもんならなぁ?」
「……っ」
できない。
――やろうと思えば、できる。
引力魔法を使えば、一瞬でも隙は作れる。
だが。
それを、人に向けていいのか?
頭の中で、あの日の光景が蘇る。
姉の死。
そして、自分の無力さ。
俺は、決めたはずだ。
――この力は、人を助けるために使うと。
自分のためじゃない。
誰かを傷つけるためでもない。
「……くそっ」
歯を食いしばる。
動けない。
動かない。
その選択が、さらに状況を悪化させると分かっていても。
「お前みたいなインチキ野郎のせいでよぉ」
別の男が吐き捨てるように言った。
「俺たちのダチが一人、落ちちまったんだよ」
「どう責任取るつもりだ、ああ?!」
「ぐあっ?!」
再び衝撃。
視界が明滅する。
理不尽だった。
何一つ、納得できる理由なんてない。
それでも――
暴力は、止まらなかった。
そして俺は。
ただ一方的に、そのすべてを受け入れることしかできなかった。