転生勇者が死ぬまで10000日   作:慶名 安

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第6章ー63

 「はあ……はあ……、ゲホッ、ゲホッ……」

 

 喉の奥から血の味が込み上げる。

 

 まともに息を吸うことすらできず、俺は地面に突っ伏したまま咳き込んでいた。

 

 「ふう。……ま、こんなもんでいいだろ」

 

 「だな。そろそろずらかろうぜ。御者が様子見に来たら面倒だし」

 

 「ああ。……けど、こいつどうするよ?」

 

 「決まってんだろ。置いてくに」

 

 軽い調子で吐き捨てられる言葉。

 

 「一人だけボロボロになってたら怪しまれるしな。適当に“途中で逃げた”ってことにしときゃいいだろ」

 

 「はは、確かに。どうせこんな無能一人いなくなっても、誰も困んねーしな」

 

 「ぎゃはははは! ぼっちでマジ助かるわこいつ!」

 

 乾いた笑い声が、やけに耳に残る。

 

 「結局、最後までロクに反撃もしねーしな。やっぱ裏口入学だろ、こいつ」

 

 「ザマァみろよ、クズが――ぺっ」

 

 頬に、ぬるい感触が落ちた。

 

 唾だった。

 

 それを拭う気力すら、もう残っていない。

 

 

 

 あれから数分。

 

 俺は、ただ一方的に殴られ続けた。

 

 罵声を浴びせられながら、何度も地面に叩きつけられ、蹴り飛ばされ――

 

 そして今、こうして動けずにいる。

 

 奴らは満足したのか、ようやく俺から興味を失い、馬車へと戻ろうとしていた。

 

 「……なあ」

 

 その時。

 

 去り際に、リーダー格の男が足を止めた。

 

 「お前さ。自己紹介の時、言ってたよな」

 

 「……」

 

 返事はできない。

 

 声が出ない。

 

 それでも、耳にははっきりと届いた。

 

 「人の役に立ちたい、とかなんとか」

 

 ――入学初日。

 

 クラスメイトの前で語った、あの言葉。

 

 あれを、覚えていたのか。

 

 「だったらよ」

 

 男は鼻で笑った。

 

 「その辺の道で石でも拾ってろよ」

 

 「……」

 

 「道端の石をどかしときゃ、誰かが転ばずに済むだろ? それで立派に“人の役に立ってる”ってわけだ」

 

 嘲るような声が続く。

 

 「しかもお前の魔法、物引っ張るだけだろ? ちょうどいいじゃねーか。効率よく石拾えるぞ?」

 

 仲間たちの笑い声が重なる。

 

 「つまりよ――」

 

 男はしゃがみ込み、俺の顔を覗き込んだ。

 

 「お前の価値なんて、その程度なんだよ」

 

 冷たい目だった。

 

 「分を弁えろよ。石ころ以下の分際でよ」

 

 ――石ころ。

 

 その言葉が、妙に重く響いた。

 

 「じゃあな。二度とそのツラ見せんじゃねーぞ」

 

 男は立ち上がり、仲間と共にその場を去っていった。

 

 

 

 「……」

 

 何も言えなかった。

 

 言い返す言葉が、思い浮かばなかった。

 

 いや――違う。

 

 言い返せなかった。

 

 心のどこかで、あいつらの言葉を否定しきれなかったからだ。

 

 「……う、ぅ……」

 

 喉の奥から、情けない声が漏れる。

 

 ――あいつらの言う通りなんじゃないか。

 

 ふと、そんな考えが頭をよぎる。

 

 魔法の才能もない俺が。

 

 世界有数の魔法学園にいる。

 

 それ自体が、間違っているんじゃないか。

 

 「……うぅ……」

 

 努力した過程なんて、関係ない。

 

 結果がすべてだ。

 

 才能の有無は――どう足掻いても埋まらない。

 

 どれだけ足掻いても、越えられない壁がある。

 

 「……っ」

 

 拳を握ろうとするが、力が入らない。

 

 震えるだけだった。

 

 ――俺は、最初から。

 

 底辺の人間だったんじゃないか。

 

 あの場所に、いていい存在じゃなかったんじゃないか。

 

 「う゛……う゛う゛……っ」

 

 声にならない嗚咽が漏れる。

 

 

 

 気がつけば、空は曇っていた。

 

 そして――

 

 ぽつり、と。

 

 冷たい雫が頬に落ちた。

 

 やがて、それは雨へと変わる。

 

 

 

 激しく降りしきる雨の中。

 

 俺は地面に横たわり、身体を丸めて蹲っていた。

 

 痛みで動けないのか。

 

 それとも――動く気力がないのか。

 

 自分でも分からない。

 

 

 

 ――才能のない人間には。

 

 夢を見る資格すら、与えられていない。

 

 

 

 そんな言葉が、頭の中で何度も繰り返される。

 

 まるで、それが真実であるかのように。

 

 

 

 顔を伝う水滴は、雨なのか、それとも涙なのか。

 

 もう区別はつかなかった。

 

 

 

 ただ一つ確かなのは――

 

 溢れ続けるそれらが、どれだけ流れても。

 

 この胸の奥に広がる“何か”は、決して洗い流されないということだけだった。

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