「はあ……はあ……、ゲホッ、ゲホッ……」
喉の奥から血の味が込み上げる。
まともに息を吸うことすらできず、俺は地面に突っ伏したまま咳き込んでいた。
「ふう。……ま、こんなもんでいいだろ」
「だな。そろそろずらかろうぜ。御者が様子見に来たら面倒だし」
「ああ。……けど、こいつどうするよ?」
「決まってんだろ。置いてくに」
軽い調子で吐き捨てられる言葉。
「一人だけボロボロになってたら怪しまれるしな。適当に“途中で逃げた”ってことにしときゃいいだろ」
「はは、確かに。どうせこんな無能一人いなくなっても、誰も困んねーしな」
「ぎゃはははは! ぼっちでマジ助かるわこいつ!」
乾いた笑い声が、やけに耳に残る。
「結局、最後までロクに反撃もしねーしな。やっぱ裏口入学だろ、こいつ」
「ザマァみろよ、クズが――ぺっ」
頬に、ぬるい感触が落ちた。
唾だった。
それを拭う気力すら、もう残っていない。
あれから数分。
俺は、ただ一方的に殴られ続けた。
罵声を浴びせられながら、何度も地面に叩きつけられ、蹴り飛ばされ――
そして今、こうして動けずにいる。
奴らは満足したのか、ようやく俺から興味を失い、馬車へと戻ろうとしていた。
「……なあ」
その時。
去り際に、リーダー格の男が足を止めた。
「お前さ。自己紹介の時、言ってたよな」
「……」
返事はできない。
声が出ない。
それでも、耳にははっきりと届いた。
「人の役に立ちたい、とかなんとか」
――入学初日。
クラスメイトの前で語った、あの言葉。
あれを、覚えていたのか。
「だったらよ」
男は鼻で笑った。
「その辺の道で石でも拾ってろよ」
「……」
「道端の石をどかしときゃ、誰かが転ばずに済むだろ? それで立派に“人の役に立ってる”ってわけだ」
嘲るような声が続く。
「しかもお前の魔法、物引っ張るだけだろ? ちょうどいいじゃねーか。効率よく石拾えるぞ?」
仲間たちの笑い声が重なる。
「つまりよ――」
男はしゃがみ込み、俺の顔を覗き込んだ。
「お前の価値なんて、その程度なんだよ」
冷たい目だった。
「分を弁えろよ。石ころ以下の分際でよ」
――石ころ。
その言葉が、妙に重く響いた。
「じゃあな。二度とそのツラ見せんじゃねーぞ」
男は立ち上がり、仲間と共にその場を去っていった。
「……」
何も言えなかった。
言い返す言葉が、思い浮かばなかった。
いや――違う。
言い返せなかった。
心のどこかで、あいつらの言葉を否定しきれなかったからだ。
「……う、ぅ……」
喉の奥から、情けない声が漏れる。
――あいつらの言う通りなんじゃないか。
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
魔法の才能もない俺が。
世界有数の魔法学園にいる。
それ自体が、間違っているんじゃないか。
「……うぅ……」
努力した過程なんて、関係ない。
結果がすべてだ。
才能の有無は――どう足掻いても埋まらない。
どれだけ足掻いても、越えられない壁がある。
「……っ」
拳を握ろうとするが、力が入らない。
震えるだけだった。
――俺は、最初から。
底辺の人間だったんじゃないか。
あの場所に、いていい存在じゃなかったんじゃないか。
「う゛……う゛う゛……っ」
声にならない嗚咽が漏れる。
気がつけば、空は曇っていた。
そして――
ぽつり、と。
冷たい雫が頬に落ちた。
やがて、それは雨へと変わる。
激しく降りしきる雨の中。
俺は地面に横たわり、身体を丸めて蹲っていた。
痛みで動けないのか。
それとも――動く気力がないのか。
自分でも分からない。
――才能のない人間には。
夢を見る資格すら、与えられていない。
そんな言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
まるで、それが真実であるかのように。
顔を伝う水滴は、雨なのか、それとも涙なのか。
もう区別はつかなかった。
ただ一つ確かなのは――
溢れ続けるそれらが、どれだけ流れても。
この胸の奥に広がる“何か”は、決して洗い流されないということだけだった。